2004/12/14

高校卒業して上京するまでにしたアルバイト

このページでは、高校を卒業して北海道を去るまでにしたことのあるアルバイトについて綴っています。

人生で初めてのアルバイト。それはゴルフ場のキャディさんの助手でした。私が中学校1年生のとき、いや、2年生だったかも?ちょっと記憶が曖昧。友達からの情報で、週末キャディさんのお手伝いをするだけで1日5000円くらいもらえるということで、一度行ってみたのですが、1日くらいで修了。私は使い物にはならなかったようです。(笑)もしかしたら、二日くらい通っていたかも?なにせ記憶が曖昧すぎます。

これと同時期?くらいにしたアルバイト。それが、昆布干し作業でした。


イメージとしてはこんな感じなのですが、こういう浜での作業。船で昆布を大量にとってきて、それらを干すような作業です。もしかしたら、キャディさんの助手よりも、昆布干し作業のほうが人生で初めてのアルバイトだったかもしれません。確かこちらも5000円の給料だったと記憶しています。

いずれにしても、中学生の私には高額バイトでした。

高校に入ると、できるアルバイトの幅も広がり、友達の紹介で、家具屋のアシスタント閉店セール時の家具配送のお手伝い。を高校1年生の夏休みのときにしました。配送先がクラスメートの家だったときは気まずかったです。40代半ばの男性の運転するトラックに乗って家具を運ぶのを手伝う。とか、それがないときは、家具屋の掃除?ブラブラ店内を回っているだけ?みたいな感じ。

汗水流してもらうお金は、何よりも記憶に残っています。

私の地元には、ポスフールというスーパーマーケットがあります。そのスーパーマーケット内にある、お惣菜コーナーでのお仕事も夏休みにしていました。とにかく高校に入ったら、いろんなアルバイトしてやるぞ!って、はりきっていたのを覚えています。

夏休み限定のアルバイトで、おばちゃんたちの中で、スーパーのお惣菜コーナーに並べるお弁当を作ったり、お惣菜コーナーに並べたり。そんな単純なお仕事でした。息抜きの場として、冷凍室に入るのが楽しみでした。それにしても、おばちゃんたちの高校生のアルバイトに対するいじめはひどかったです。というよりも、ちゃんと高校生が仕事をしていないからだったかもね。

冬休み前に、またそのポスフールで働くことに成功。この時はお金を貯める目的がありました。そう、マフラーを買うために。それも、イタリアの高級ブランドであるフェンディのマフラーは札幌の高校生の間では一種のステータスになっていて、当時とても欲しかったのです。

田舎のバカ高に通う私にとって、喉から手が出るほど欲しかった。

コレが、そのマフラーです。


近所のお姉ちゃんが働いている回転寿司でも働きました。私はただ働くことにとても楽しみを感じていました。嫌な顔もせず。

高校二年生になって、私は東京へ頻繁に行くようになります。
この期間に、私には企業が向いていると感じる。

札幌にも週末よく行っていました。高校二年生の夏休みに、札幌の歓楽街ススキノのバーで内緒で短期間働きました。(笑)

本当に私は若かった。そんなガッツがあったのだから。ススキノという場所は札幌まで3時間もかかる場所にある田舎の高校生の私にとって、なかなか行くことのできない場所だったし、オシャレな若者がたくさん集まるというイメージもあった。


高校3年生の冬休み前に、オーストアリアとグアムに行く。そのために、居酒屋のホールスタッフとして働いた。そして、これは上京してからのアルバイト生活の為の良いトレーニングでした。