2005/07/02

ロンドンに行く!という夢の中励んだ横浜でのアルバイト生活

3月31日、横浜に引っ越す。


ここでは、上京して横浜で生活~歌舞伎町勤務までの私の記録を公開しています。

高校を卒業後、オンラインで知り合った中国人男性と女性と私で横浜駅から徒歩20分程度の場所のアパートで生活することになりました。もちろん、保証人は私のお父さん。

私の目標は海外に行って英語を習得することだったので、下手に1人暮らししてたくさんの家賃を払うというのは避けたかったのと、中国人と生活することで中国人について知りたかったのと、そして中国語を少しはかじることもできるのではないか?という思惑から、あえて中国人を選びました。

上京してすぐに、埼玉の知り合いが葬儀屋を営んでいるということもあり、お手伝いをさせていただくことになりました。葬儀セレモニーのアテンダントとして、埼玉県北部の葬儀会場へ。ただ立っているだけというお仕事でした。特に書くことが思いつきません。(笑)私はとりあえず立つことが仕事でしたので、立って頑張っていました…。

同時に、私はこの埼玉県北部の葬儀セレモニーのアテンダントの仕事を経験してみて、自分がとてもキレイ好きなのだということを改めて実感。そして、自分のものよりも人のものをお掃除したがるのが私の性格だと実感しました。4月の初めころだと思います。というのも、スタッフ用の寮のお風呂が汚く、私は一晩中、お風呂を掃除していて、しかも気分が凄い高揚してしまったのです。

また、桜の時期に、東京理科大学でビラ配りをしたこともありました。何のビラ?そんなの覚えていません。私の頭の中は、ロンドンや海外に行くことがいっぱいいっぱいなのですから…。




その後、住んでいる横浜駅周辺にある、もっと具体的に言うと、東口にあるセブンイレブンで働かせていただくことに。

私が上京して、はじめて働いた職場がここと言えるでしょう。家の近くにあったコンビニで、とりあえず働ける場所を探していました。早朝5時~8時くらいのシフトで勤務。廃棄のパンなど食べられるものは食べよう!そして、ワーキングホリデーロンドンへ行くために、お金を貯めよう!っていう気持ちがいっぱいでした。ここは夫婦経営で、店長が女性、オーナーが男性でした。そして店長の女性がとても良い方で。

私は何かわからないことがあったら本屋さんをブラブラして、本と会話して偉人や経験者、または一般の著者などからヒントをもらったりするのですが、その店長が”あなたは私と似ているね”と言いました。店長も何かわからないことがあったら本屋さんなどに行ってブラブラ色々な本を読むらしいです。働いていた期間は不明です。もうコンビにでは一生働かないでしょう…。なんていったってレジは今回やりませんでしたが、コンビニと言えども、意外と覚えることが多いのです。私は仕事なんかよりも、常に将来何をするのかという事を毎日頭の中で巡らせていたので、ちょっとぼけーっとしているね、と何度も言われ続けていました。それゆえ、テキパキと仕事ができる他のスタッフに劣等感を感じていました。

2005年05月10日~06月17日の間、朝は、コンビニエンスストアの店員をしながら、夕方からパチンコのホールスタッフとして働いていました。

パチンコ=Pachinko Parlor

18歳になったばかりの私にとって、5時間ちょっとで9500円という金額は大きく、とにかく嫌いなタバコの煙を吸いながらでもお金を貯めたいと思い、働きたいと思う。

私は面接の時、将来ワーキングホリデーに行きたいのでお金を貯めたいです。とキッパリと言いました。たまたま面接担当者の女性は、カナダかオーストラリアにワーキングホリデーに行ったことがある人で、私の目を真摯に見つめがら、応援します。という風に励ましてくれました。

私が唯一、このお仕事を通して学んだことは、笑顔でいるということが、別に楽しくない時でも、楽しくなれるということでした。

そして、トイレに行く時間が楽しみでした。それは、トイレの中に入ったら、トイレットペーパーにボールペンで、将来の夢や今後何をするのか、書き込んでいくことでした。働いている時は、とても頭が回転していて、色々なアイディアが浮かんできて、そして、それを何度もトイレに行って書きました。

パチンコのお仕事は、重いものを持ったりもしますし、5時間以上、早く歩くというような非日常的なことをしなければなりません。そのため体への負担も大きく、私は辞めることを決意。

2005年7月1日~2日

霞ヶ関だったかな?オフィス家具の搬入というようなお仕事をしました。どこか、よく覚えていません。だって、ワゴン車で連れて行かれちゃったんだもん・・。って、自分で五反田のオフィスに登録に行き、次の日にワゴン車に乗ってオフィス街に行きました。大量のオフィスを移動するお仕事で、オフィスの家具を移転する作業を大人数でやっていました。

でも、この二日間、私は何もしていなかった。

ただ、見ているだけだったのです。邪魔だ!とか言われるし…。これってラッキー?若い特権?(笑)よく分からない仕事だったけれど、お給料もらえたから、よかったです。確か、プラコムという会社だった気がします。それにしても、バリバリ家具を運んでいたカッコイイ女性の印象は未だに覚えています。



恋も、勉強も、この期間本当に異文化に染まっていたように思います。それはずっと北海道に閉じ込められていた私に対する反動であったに違いありません。(笑)

この期間、私はなぜかドイツ語の辞書を購入するという出来事もありました。ま、これは何かの誘惑だったのですが…。なので、ロンドンだけではなく、ドイツにも興味があったといえるでしょう。

今現在と違うのは、あの時は、ちょっとした反動ですぐに行動してしまうという事です。

また、英国出身の翻訳家との出会い。これは私の考え方に大きく影響を及ぼしているような気がします。

2015年12月20日更新