2006/02/13

私が新宿歌舞伎町で学んだこと

(世界一の歓楽街と謳われていた新宿歌舞伎町)

"I worked at host club at the age of 18"
私は18歳のとき、ホストクラブで働いていました。

ロンドンに行く!という夢の中励んだ横浜でのアルバイト生活

というように、海外に目を向けていた私でしたが、若い時に一度はしてみたい仕事が歌舞伎町にありました。みなさんがご存知の通り、私の内面は女性ですが、スーツを着て、ホストクラブに紛れ込みホストクラブという夜の世界で8カ月ほど働いていたのです。

まず、私のブログをお読みになっている方で私のプロフィールをきちんと読んでいない方も多いので、ビックリされるかもしれませんが・・・。

約8ヶ月のこのホストクラブでの生活は、私の人間関係における基礎にもなっています。私は、この夜の生活で多くのことを学びました。そして、マナーの面でもたくさん教育を受け、人間の感情についてや、お金の流れの仕組みなど、この期間に得た財産は、かなり大きいものだと思っています。

ここで強調したいのは、この仕事に憧れていたのではなく、人生の中で、20歳くらいになるまでには経験しておきたかったということです。そのホストクラブは、日本で1番はじめにオープンしたホストクラブである愛本店の次にできたホストクラブでした。

なので、私が働いていたそのホストクラブの最大の売りは、”老舗であること”、そして、銀座のような保守的な感じがある雰囲気でした。ちなみに、そのホストクラブの社長は、歌舞伎町ホストクラブ協力会の設立者の一人でもあります。とても、素敵な方で人間味のある尊敬できる方でした。

現在は、閉店してしまいましたが、ホストの年齢層が割りと高く、その分お客さんの年齢層も割りと高かったです。2005年のその当時は関西から、Club ACQUA(クラブアクア)などのワイワイ系のホストクラブが大量に進出してきていて、歌舞伎町のホストクラブ業界が一気に変わり、そして盛り上がった時期でもあったのです。

(よく西新宿に住んでいる先輩の家から出勤するとき助手席から見た光景)

私が働いていたホストクラブは、普通のチンピラがいそうなホストクラブとは違い、銀座にある高級クラブのようなホストクラブでした。

髪の毛の長い人はあまりいなく、スーツを着た黒髪の男性が多かったです。ちょっとサラリーマン風の男性かな?

私にお客さんはほとんどいなく、半年は指名をもらえなくても、月給を保証されていたので、8ヵ月後に辞めました。私は同じ女性(心のこと)として、たくさんのお客さん(女性)を見てきました。そして、それは今も忘れません。

世の中は人の感情で動いている。こんなことを強く意識するようになりました。

50才近くになる広島出身の社長が私に言った言葉で1番印象に残っていること。
それは、

”お前は23歳までは、カワイイでいていい”

でした。そして、私のことを面倒見てくれた社長の次に偉かった人は、趣味を仕事にしろ!と私に何度も叩き込みました。

今まで私は北海道の田舎で、趣味を仕事にするなと聞いていたので、まったく違った発想だと思ったり、50歳近くにもなる社長が、バリバリ元気なのをずっとみていたりとか、元気な大人をみてきました。



"Hosts prey on women" = ホストは女性を餌食にする。

歌舞伎町で働いているときは、徒歩10分くらいの場所にマンションを借りました。それも、9万円くらいの家賃だったんですよ?初めての一人暮らしはずっと憧れていた新宿。私にとっては初めての一人暮らしがここ歌舞伎町付近にあるマンションだった。

仕事でお酒を結構飲むので、朝7時ころに家に帰るとき、電車で眠ってしまいそうになる。しかも、そこで眠ってしまうと、日中眠れなくなるという悪循環にならないように近くにマンションを借りました。

ここには、2006年2月12日くらいまで住んでいました。

部屋が狭いのに、9万円も・・。実に給料の半分は家賃に持ってかれています・・・。家賃が払いきれなくて、一時期、先輩の家に住んだり。もう家に縛れたくない。これが今後、私が海外に行ったりするときの強い原動力になります。


(グーグルマップで見つけ出しました。ここが私が初めて一人暮らしした場所です。5階だったかな?)

この引っ越しで、色々な人にお世話になりました。忘れてはいけない。

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