2015/12/31

北海道への帰国記録

私は上京後、18回以上北海道に帰国しています。



北海道 (01) [2005/05/26-05-28]
上京後すぐに、祖父のお葬式で北海道に帰国

北海道 (02) [2006/05/27-05/28]
祖父の一周忌で北海道に帰国

北海道 (03) [2006/08/17-09/02]
何もかも失い北海道へ帰国…

北海道 (04) [2006/12/23-01/06]
台湾旅行を終えて、北海道に一時帰国

北海道 (05) [2007/05/27-05/28]
ニューヨークへ行く前に北海道へ帰ったが、友達も東京に来てしまう…
(写真の日付によると、この日に親戚などが集まった写真を撮っている)

北海道 (06) [2008/05/28-05/31]
中学時代の旧友と知床へ

北海道 (07) [2008/08/19-09/01?]
妹と支笏湖に行った北海道

北海道 (08) [2009/05/30-06/01]
妹と飛行機で帰る北海道

北海道 (09) [2009/10/27-11/13]
上海へ移住前に、北海道へ帰国

北海道 (10) [2010/04/27-04/28]
アイヌ博物館と、LAのお姉さんへ会いに北海道へ

北海道 (11) [2010/06/05-06/07]
兄の結婚式で北海道に帰国」

北海道 (12) [2011/09/02-09/05]
学費ローンを組むか両親と話し合うために北海道へ



北海道 (13) [2012/12/30-01/02]
大学の冬休み中に北海道へ一時帰国

北海道 (14) [2013/12/31-01/02]
豪華客船で帰る北海道…(日立で働いていたとき)

北海道 (15) [2014/04/30-05/05]
何年ぶりの花見?北海道の桜を見るために一時帰国

北海道 (16) [2014/12/26-01/04]
新潟経由で、北海道帰国(年越し)

北海道 (17) [2015/07/11-07/19]
妹の赤ちゃんを見に北海道へ帰国

北海道 (18) [2015/12/30-01/02]
北海道帰国

①⑦妹の赤ちゃんを見に北海道へ帰国

2015/07/19

地元に戻って、次の日?妹とドライブをしました。昔よく行った清水丘という(英語で言うと、Pure Water Hill!?)に行ったり、地元のジャスコのような、ポスフールというショッピングセンターに行ったり。普段関東で暮らしているときは北海道のことを思い出すことが少ない私。ですが地元に来ると目に見えるものが昔の過去と重なって何だか不思議な気分です。ちょっと複雑な気分にも…。ですが、やはり気候や空気が合います。やはり自分が生まれ育ったところですね。

(妹の赤ちゃん。まだ1ヶ月ちょっと?)

普段決まったものしか食べていない私は家に来ると、色々な料理が食べれるので、これも1つの楽しみです。そしてこの時期に帰ってくることはあまりないので、気候も懐かしかったです。

網戸で窓を開けっぱなしにしていると、蛾(ガ)が網戸にくっついてたり、家の裏にある牧場の馬さんたちがブルブル行ってたり。家の裏の畑で雀(スズメ)が活動していたり。うまれて一カ月も経たない赤ちゃんをこんなに近くで見るのも初めての経験です。妹の旦那も途中から3日間くらい来てました。あまり話していませんが…。

母とは温泉に行ってヤギを見にいくいつものパターンも…。驚いたことに近所のお姉さんもうまれたばかりの赤ちゃんがいました…。妹の赤ちゃんより一回り大きかったです。

田舎で過ごすと、都会では見えてこないものがみえてきますね。なぜなのでしょう?これはとても不思議なことです…。私は地元に友達がいません。ほとんどいません。連絡とっている友達がいないので、あまり色々なことを考えなくても済む環境なのかも?もしずっとここで暮らしていたら色々な人間関係があると思うけれど、私にはそれがない。

外でこのようにブログを書きながら新鮮な空気を吸う。まさにこれが理想の生活なのです…。パソコン一台だけで、自分の好きなところを回れたらどんなに良いのだろうといつも思っています。生活圏が変わると、私自身もそれに適応するために変わっていくのがわかります。

それと、毎回北海道に帰って思う事なのですが、北海道と東京はあまりにも生活環境が違うために帰るその日は結構パワーを使います。そのパワーとは、なんだか精神的に疲れるというような感じです。短い北海道での思い出を忘れようとするのです。なぜならそれを考え続けながら、東京に戻っても、仕事に専念できないからです…。今はこのブログをフェリーターミナルで書いています。

北海道に来る時の記事(私の写真あります)→「パシフィックストーリーで行く北海道」


①⑥新潟経由で、北海道帰国(年越し)

2015/01/04

今回は新潟からなので、日本海側からフェリーが出港し、このように津軽海峡を臨むことができました。

船から北海道をみるのは、本当にいつも楽しいです。

近所にいたキツネさんを追いかけると、私をあまり警戒せず、写真を撮らせてくれました。

今回は、何十年ぶりくらいに、地元の神社にお参りに!

父の宗教行事にも参加。(ここに来ると、いつも同じ場所で同じような内容を一年に一度やるので、いつのときの記憶なのか頭の中で整理できなくなります…)



①⑤何年ぶりの花見?北海道の桜を見るために一時帰国

2014/05/05

今回もフェリーで。もうずっと飛行機は載っていません。ゴールデンウィークの飛行機はとても高いです。とりあえず、私は最近仕事をしていなく、少しお休みするためにもこの休日を利用して、北海道へ帰ることに。この時期は関東で一か月前に満開だった桜が北海道では満開になる時期です。


私の町は、北海道の中でも、桜並木道で有名な町でもあります。上京して以来何回か北海道へ帰ってきていましたが、この桜の時期は今回が初?2回目?よくわかりませんが、本当に久しぶりに地元の桜を見ました。

やはり変えるのが面倒くさくても、自分の育った場所に帰ってくるのは大切なことですね。今までなんでこんなに慌ただしく生活していたのだろう?と思わせます。

外務員資格試験のセミナーも受けられることになったので、北海道でも勉強しました。


①④豪華客船で帰る北海道…(日立で働いていたとき)

2013/12/30 Oarai→ Tomakomai

2013/12/31 Tomakomai

親孝行したいと思う時、親はもうこの世からいなくなっているものだ。という言葉をふと思い出した。本当にいつ何があるのかわからない。ということを考えたら、親孝行したいと思いました。結局、私はまだ両親の前では子供なのです。

2014/01/01
近所の家族の家で年越しをし、そこの子供たちにお年玉をやりました。1000円程度です。これが初のお年玉をあげた経験!?妹の友達が働いている馬小屋(ステイブル)を見学させてもらうことに…。とっても馬くさかったです!父の宗教行事にも参加。

私はいつもフェリーで北海道に帰国するのですが、そのたびに豪華客船で帰ってきたと、みんなに言いふらしています。フェリー=豪華客船なのです。私の中では…。

きっと、何年たっても、私はフェリーのことを豪華客船と言い続けるのでしょうね・・・。

 私がよく利用するフェリー(さんふらわあ)

私は船の中で過ごすのが大好きです。それはあまり携帯電話が通じなく、色々なことを考える時間を作れるからです。お気に入りの本を読んだり、夜空を見上げて星を探したり。地上ではできない楽しさが、この豪華客船の上では楽しめるのです。

フェリーで帰ってきたと、地元の北海道人にいうと、”は!?なんで飛行機じゃないの?”と、まるで私が貧乏かのように言ってきますが…。私は、優雅な時間の過ごし方を存じておりますので…。
”あなたとは違うのよ!”と心の中では思っているのです。(笑)


(この写真は、本物の豪華客船です)

実際、”さんふらわあ”と、見た目はあんまり変わりませんね!?

豪華客船 =  "luxury liner" せっかくですので、この英語は覚えちゃってくださいね!

2014/01/02 Tomakomai→Oarai

2014/01/03 Oarai


①➂大学の冬休み中に北海道へ一時帰国

13回目の北海道帰国です…。

2012/12/29 「大洗→苫小牧」
2012/12/30 「北海道到着」
2013/01/01 「父の宗教行事に参加」
2013/01/02 「苫小牧 → 大洗」
2013/01/03 「内地到着」

(この写真は太平洋…)

帰りのフェリーの中で、お父様に買ってもらった決算書の読み方についての本を読破しました…。近所の家の外装が変わっていました。


①②学費ローンを組むか両親と話し合うために北海道へ
2011/09/05

11回目の北海道帰国です。今回、なぜこの時期に北海道に帰国したかというと、教育ローンを組むことについて、両親の許可を得るために議論することでした。

私は両親に飽きっぽいと思われており、確実な自分の強い気持ちを伝える必要があったからです。

(9/4 16:00 I was taking a picture of flowers. So, Hokkaido(11) period would be 9/2~09/05)

My memory is like a sieve. 
私の記憶は、篩(ふるい)のようです。最近、本当に忘れっぽいんです。多分、仕事もしていなく、職業訓練校でのんびり生活しているからでしょうか?

ベジタリアンになって初めての北海道帰国です。私は千歳空港に迎えに来た母と一緒に地元に戻りました。その車の中で、私は震えるほどの涙を流したのです。母は、何故泣くの?泣くのには必ず理由があるはずだよ?と言いました。私も、それをうまく説明できなかったのです。

まず、私は自分がベジタリアンであることに同調してくれる人に今まで会ったことがなく、周りから自分はヒステリー?とか、頭おかしいんじゃない?って思われていると勝手に想像していたところがありました。私の一番の味方である母にそう思われるのが一番私にとってショックであったのです。つまり私がベジタリアンになったことを母に否定されたくなかったのです。

母は私がベジタリアンであることを否定しませんでしたが、私がベジタリアンになった経緯を話しても、あんまり聞いてくれはしなかったのです。それでも、この北海道滞在中、母は私に肉を提供しませんでした。母からこんな話を聞きました。昔、母の記憶ではお正月頃になると、太らせた豚をみんなで食べたそうです。一年に一度の行事だったそうです。これが日本の風習かどうかわかりませんが、母が言うには農家ではこういう風習があったそうです。(どなたか詳しい方コメントいただけませんか?)

私は何年も前から大学に通いたいと何度も思っていましたが、必ず飽きる。と思って、大学にはいまだ通っていない状態です。何の為に大学に通うのか。ということについて、きちんと自分自身に説明できなかったからです。"I couldn't convince myself that I really wanted to go to college." でも、今回は両親に言える。

今まで、両親に大学に行くことを断言できなかった。でも今日断言した。
Up to now, I couldn't assure parents that I really want to go to university.

私が何をやったって、両親は決して満足しているようには見えない。
No matter what I do, my parents never seem to be satisfied.
それが親ってものなんだよね…。

来月、私の兄は、奥さんと一緒にグアム旅行に行くらしいです。パスポートまでみせてくれました。まさか、私の家族の誰かが海外に行くなんて…。考えてもいませんでした。なので、私はアメリカで使いきれなかったドルなどを全て兄へプレゼント。父と話すと、なぜか話が弾みました。こんなに話が合うなんて思っていませんでした…。父方の祖母は物忘れが激しくなり、今では畑を耕すことができない状態でした。近所の家に遊びにいき、中学生になった子供をみて、自分の過去を思い出しました。

私は回転寿司に行って、ベジタリアンから、ペスクタリアンになりました。

①①兄の結婚式で北海道に帰国
2010/06/05  "Chitose→Haneda"
10回目の北海道帰国は、兄の結婚式が目的です。

北海道の実家に到着して、この晩は近所の家に行きました。ほぼ隣です。その家庭は、アイヌ民族の家庭で、私は今まで彼らとはその”アイヌ”という言葉を発したことがありませんでした。これは、ある意味、私の地区ではタブーなのです。シホのお父さんの前で、あえて私はアイヌの話題をだしました。すると、シホのお父さんは、結構、嬉しそうに私に色々教えてくれました。ちなみに、親戚に、ご不幸があったらしく、シホのお父さんは明日の結婚式に出席来ません。

(現在のアイヌ民族のイメージです)

シホは私より3歳年上です。私より2歳年上のマスミは私と姉妹のような感覚です。
マスミは”アイヌ”について、一つの体験を私に聞かせてくれました。

彼女が働いている回転寿司で、同僚がアイヌのことについて話し合っていたらしいのです。そして、マスミは、なんだか嫌な気分になって、”私アイヌだけど、何か問題ある?”と言ったそうです。彼女は勇敢です。そして、私がアイヌの話をしたことをきっかけに、シホは私に言いました。”私がアイヌについてお父さんと話し合ったのはこれがはじめてよ”

2010/06/06 Wedding Ceremony
今日は兄の結婚式でした。結婚式場で兄の友達にたくさん会いました。だいたい8年ぶりくらいです。私は兄の友達がこんなに来るとは想像してもいなく…。兄はとても友達に恵まれています。
一方、私といえば、兄と全く反対で、地元に友達がいません。新婦さんはお腹に赤ちゃんがいます。私はあまり話したことがありませんでしたが、私の妹と同級生で、私と新婦さんも顔見知りです。これから私の兄と新しい人生を築くことになるんですね。

2010/06/07 Haneda→Chitose



①⓪アイヌ博物館と、LAのお姉さんへ会いに北海道へ

2010/04/27



母とアイヌ博物館に行きました。私は北海道人である以上、今後アメリカや、世界を渡り歩く時、このアイヌという文化を伝えなければならない。そういう気持ちから、母と一緒に「平取町立二風谷アイヌ文化博物館」に行ったのです。高校を卒業して北海道を出てから、北海道のことを考えることが多くなっていました。そして、私の住んでいる地域、日高支庁は、アイヌ民族の割合が非常に高いことで有名です。

北海道でずっと暮らしていると、当たり前のことなので、あまりそんなことは意識しないのですが、最近よく、あのクラスメートの人ってアイヌだったのかな?とか思ったりします。アイヌ民族と大和民族のハーフは北海道にたくさんいます。混血を繰り返すことで、外見では判断できません。


 (私が撮影)

それで、北海道人意識の強い私は、その基本となるアイヌ文化について、もっと勉強をしたいと思ったわけです。このアイヌ博物館は、平取町立二風谷あります。昔、家族で札幌や恵庭などの都会に出かけるとき、平取経由で行ったものです。そのとき、山の上にある変な物体?がいつも気になっていて、パパに聞くと、あれは、UFOが降りた場所だよ。と教えてくれました。こんなこと書いている間に、ネット上で調べてみたら、本当にUFOとかかわりのある場所みたいです。

宇宙友好協会?ハヨピラ公園という名前らしい。です。昔、よく夢に出てきました。
いつも、これを車で見たときはなんだか怖かったです。今でも怖いですが…。こんな記事を書いている間にも、やっと疑問が一つ解けた。今回のアイヌ博物館の訪問で、より一層アイヌの文化について、考えたいと思いました。他のページでもアイヌについて、もっと詳しく書けたらと思います。

 (私が撮影)


2010/04/28
もう一つ、北海道に帰国した目的は、ロサンゼルスで知り合った15歳も離れている日本人女性
(北海道人)に会うためでした。彼女は、ロサンゼルスで台湾系アメリカ人と結婚して、そして離婚したいができない状態にいます。とても、パワーのある人で、精神世界に、とても興味がある方で、ヴィパッサナー瞑想の情報を教えてくれたりしました。


母に新千歳空港まで送ってもらい、母も、その女性と母も対面しました。その女性に、母にハグしなさいよ。と言われて、母と初めてハグしました。(笑)
その後、母とお別れして、その女性とラウンジで、折り紙を練習しながら、色々話しました。私は、ニューヨークに彼女のキャサリンに会いに行くということで、色々相談をしたかったことがあったのです。キャサリンの弟(5歳くらい)に折り紙を教えるために、私たちはひたすら折り紙を練習。今回の北海道帰国は、すごく短かったです。


⓪⑨上海へ移住前に、北海道へ帰国
~2009/11/13
11/03 私の通っていた高校へ、親友と。

まずは彼女の家にお邪魔しました。彼女のお父様は、この小さな町でクリニックを経営しています。現在、彼女は札幌で看護系の大学に通っています。

一緒に高校に行って、二人きりで語りました。昔話をするのではなく、彼女とお話しするときはいつも将来のお話をします。私は彼女の謙虚さにいつも惹かれていて、まねしたくてもまねできなくて…。高校でのトークも終えて、駅に向かいました。とっても小さな駅、2時間や3時間に一度の列車。そこで、彼女は今後は中国語をもっと深めていきたいといっていたのでとても嬉しかったです。


札幌で運転免許の更新もしてきました。中国に行くためのビザを取得!

⓪⑧妹と飛行機で帰る北海道
2009/05/30 Haneda → Chitose
2009/06/01  Chitose → Haneda

祖父の5周忌ですが、実際に5周忌というものは存在しないらしいです…。ですが、毎年この日にちあたりに北海道に帰るのが習慣になっています。

今回は、妹と一緒に飛行機に乗って北海道へ帰りました。とはいうのも、私と妹のミクは一緒の職場で働いているからです。祖父のお墓にも行ってきました。北海道に帰る度にお墓参りは行くようにしています。



"I make it a rule to visit grandpa's grave whenever I come back."
帰る度にお墓参りをすることに決めている…。

press my hands together in front of the grave. = お墓の前で手を合わせる

⓪⑦妹と支笏湖に行った北海道
2008/09/01
データ入力の仕事も辞めて、プログラマとして就職する前に一度北海道に帰ることに…。でも、よくお金があったなと思います…。東京という都会の生活に完全に慣れてしまったせいなのか、北海道に戻るたび、国立公園に来たの?というような錯覚に陥る…。

(妹の車から撮った写真)

珍しく、妹が私を車で支笏湖までドライブに連れていってくれました。私の実家からも支笏湖はそんなに離れていないのですが、一度も支笏湖に行った記憶はありません。壮大なこの湖と、晴天の景色は忘れられません。

⓪⑥中学時代の旧友と知床へ
2008/05/28 Arrived in Hokkaido
上京以来、北海道に帰るのも、これで六回目だ。せっかく帰るのだから、道東などあまり行ったことがないところへ行ってみたい。人にしてあげたことは忘れること。人にしてもらったことは忘れないこと。

(この写真はルートです。日高から出発して、帯広→釧路→知床→北見→日高。)

2008/05/30??
釧路健康センターに泊まった後、知床に行きました。ずっと行きたかった場所です。車が走る場所にたくさんの鹿がいて、とても新鮮でした。その後、網走警察署もみてきました。
帯広で一緒に温泉に行ったり、カツ丼食べました。ちなみに、温泉を出るとき、外から覗き見をしている人を発見…。帯広から日高へ変える途中、日高山脈を貫くトンネルを越えたあたりで、私はその友達と喧嘩っぽくなり、泣いてしまいました。これは疲れの涙です。同じ人と何時間もいると疲れてしまうので…。きっとそうでしょう。

ちなみに、余談ですが、釧路健康センターのみんなで寝る場所で、見てはいけない行為をしている場面を目撃…。

2008/05/31
旧友は忘れてはいけない。

祖父の三回忌(お盆にやったんだっけ?)ということもあり、内地から親戚などが集まりました。父の兄(オジサン)に、えりも岬に連れて行ってもらったり…。


(友達の車から撮影)


⓪⑤ニューヨークへ行く前に北海道へ帰ったが、友達も東京に来てしまう…
2007/05/27-28
北海道に帰ってくるのも、これで5回目。中学時代の親友、ミナのお母様に線香を…。ちょうど私が神戸に滞在していた2月頃、ミナから突然、電話がきて、そのお知らせを聞きました。私たちは、中学三年生のとき、クラス全員に無視されていて、その中学三年生の間は、ずっと一緒に遊んでいました。私とミナだけ、地元から離れた誰も行かない高校に入学したのです。ですが、ミナは高校二年生の秋、修学旅行が終ってから退学しました。とにかく勉強ができない人なので…。そのお母様にも、私は中学三年生のとき、とてもお世話になったのです。


とても、強がりなお母さんでした。私の住む町は、離婚率も高く、色々な複雑な家庭がたくさんあります。ミナの家庭もそうでした。私は本当にラッキーでした。父も母も仲が良くて。


05/27 Haneda→Chitose
05/28 Chitose → Haneda
彼の友達が千歳空港まで送ってくれた。そして、彼(中学時代の同級生)と一緒に飛行機に乗ります。


⓪④台湾旅行を終えて、北海道に一時帰国
2006/12/22 Oarai→Tomakomai
台湾旅行も終え、もうこれで中華圏とは距離を置きたい。そんな気持ちです。








01/02??
成人式がありましたが、私は当然行きませんでした。そして、高校の同窓会がありましたが、私はもちろん行かず…。その代わり、教会に行き、同窓会に集まらなかった少数の人たちと夕食。今回北海道に一時帰国して、こうやって高校の同級生と会うこともできたし、カナダへのワーキングホリデービザの申請も、なんとかインターネットでできて、後は神戸で5年用のパスポートを10年用に変えるだけ!

2007/01/06 Tomakomai → Tsuruga
神戸市垂水区という海沿いの一軒家にルームシェアで住むことになりました。新しい神戸生活が始まります。


⓪➂何もかも失い北海道へ帰国…
2006/08/17-09/02 "Arrived in Hokkaido"

とにかく上海でバーの店長になるという夢を抱いていた私は、自分の人生計画をよく考えた結果、断念し、一度北海道に戻ることにしました。上京して以来、北海道に帰ってくるのは、これが三回目です。

この北海道帰国は高校卒業後、上京して横浜で生活し、歌舞伎町で夜の世界を経験し、リゾートバイトで地方を回ったり、中国に行ったりした時期を振り返るための休暇です。

中学時代、唯一の友達だったミナとその旦那さん、ミナのお母さんたちとカラオケ。ミナのお母さんは、「EXILE/運命の人が好きでした。みんなで写真をたくさん撮ったり。

中国は私に夢と希望を与えてくれました。色々トラブルもあって、自分自身も中国に行くようになってから変わってしまったというか、本当に疲れてしまいました。

Tomakomai → Oarai (09/02)


⓪②祖父の一周忌で北海道に帰国
2006/05/28 "the first death anniversary."

一回忌と一周忌って何が違うの?と疑問に思っていました。

まず、祖父が無くなった翌年が、一周忌です。その翌年が三回忌となります。なので、通常、一回忌という風には言いません。
なので、一回忌と言う言葉は、祖父の最初の葬式のときのことを意味します。


⓪①上京後すぐに、祖父のお葬式で北海道に帰国
2005/05/27-28 "Funeral of My Grandfather"


(この写真は私の家の裏にある牧場と私の家との間にある柵です)

まさか、上京して直ぐに北海道に戻ることになるとは思いませんでした。お葬儀のとき、祖父の安らかに眠っている顔を見たのですが、涙もでませんでした。と、同時に祖父の魂が私の中に入ってきたような感じもしました。(気のせい→笑)