2010/10/01

北京滞在後、天津から仁川までフェリーで行き、水原(スウォン)の友達の家に、ズウズウしくも居候!

この記事では、私が張家口での日本語教師を解雇され、北京に数日間滞在後、バスで仁川のフェリーターミナルに行き、そしてそこから船で仁川、また水原の友達の家に居候し、その後運よくソウルで日本語教師なり、そして高麗大学校近くのコシウォンに引っ越すところまでの内容です。


私ってなんて忙しいの?今日は北京を飛び回っていました…。(;´・ω・) 2010/09/30

(お友達が撮影した写真)

韓国に行く前に北京の地理感も把握しておきたかったので…。日本にいる私の中国人友達の友達であるシューちゃんと初めて会いました。彼女は、北京のど真ん中に住んでいます。どうやらお父さんが軍の幹部?らしくて今はリタイアしているそうですが、かなりいい場所に住んでいます。それにしても、シューちゃんという女性はとても変わった女性で、パキスタン人と結婚するらしいです…。え?なんで?と思ったと同時に、そう思っている自分が恥ずかしくなってきました…。

夜はシューちゃんたちとカラオケ。実は私がQQでやり取りをしていた女性も連れていきました。彼女とはQQの英会話交流グループで知り合って、私がそのグループの中で日中の歴史で多くの中国人たちと戦っている間に、助けてくれたりした女性です。とてもきれいな女性で性格もよいです。夜遅くまで遊んで、早朝に北京の大学(大学名不明)からバスで天津港に行きました…。

Jinchon Ferry

中国での日本語教師をクビにされ、韓国に行く決意をして、天津港から仁川港まで何も考えずに来ました。水原(スウォン)は、ソウルの郊外にある都市で、結構都会的です。

(水原駅前の様子です)

オーストラリアへワーキングホリデーに行っていた韓国人の友達が私が中国から韓国に到着する日と同じ日にオーストラリアから韓国に帰国するという事で、最初は仁川空港で待ち合わせしたかったのですが、私はなにせフェリーで韓国入りしたので、その友達の家の近くで待ち合わせすることに・・・。

中国の日本語学校でクビになった私は、そこでの経験を強みに韓国の日本語学校で働こうと決心。見つかるかわからないと思いながらも、とりあえず韓国入りしました。

それで、友達のところに一週間くらい泊めてほしいとお願いしたのです。家族もとてもよくしてくれて、一緒にスーパーなど行ったり、私が韓国語を話せなくてもとてもよくしてくれました。ちなみに、友達のお姉ちゃんが英語が上手なので意思疎通には困りませんでした。


蘆原(ノウォン)にある日本語学院で面接を受ける 2010/10/03

"It was generous of him to hire me!"
私を雇ってくれるなんて、なんて心の広い方なの…。大学を卒業もしていない私を採用してくださいました…。m(__)m 感謝の一言です。

水原市からソウルまでは、高速道路で30分ちょっとです。バスの乗り方がわからないので友達に教えてもらい、そして江南駅行きのバスに乗る。バスの中ではどこで降りたらいいのだろう?とずっと考えていました。そして運転手の人に、江南に着いたら教えて。と言ったら、”ちょっと日本語のできる乗客はいませんか!?”とアナウンスしだしました。

え?私、日本人の私はここでも人気者!?と心の中で思いつつ…。こういう状況になったとき、私は守られている…。と感じます。

ある30代の女性が”私、日本語できます。”ということで彼女の隣に座ることに。そして江南駅にバスが到着したあと、私はその蘆原(ノウォン)にある日本語学院の場所を知るためにインターネットのカフェに行きたかったのですが、彼女が探してくれました。そして地図をプリントアウトしたり、色々で、1時間くらいかかったのですが、ずっと彼女が付き添ってくれました。なんてやさしいの?やわらかい感じで、日本語が堪能なだけあって、やはり日本人っぽい感じの雰囲気を持っていました。

電車にも一緒に乗りました。電車の中ではあなたなら絶対に受かる!って言ってくれて励ましてくれて…。彼女は途中で電車から降りました。

数日後、龍山駅でアイロンを購入。値切りました。
"haggle over the price with"
"negotiate the price"
"ask for a discount"


◆水原からソウルの普門駅にある考試院(コシウォン)へ引越し 2010/10/04

韓国のお友達が私のスーツケースを運んでくれました…。江南駅のビルの裏にある安い韓国料理屋でご飯食べ…。本当に韓国に来るのはギャンブルのような行為だったと思っています。仕事がまだ見つかっていないのに…。もし、仕事がみつからなかったら、母にお金を借りて、北海道に戻るという選択肢しかありません…。でも中国に日本語教師としてきた私にとって、中国の日本語学校でクビにされた私は、もう韓国に行くのなら今しかないと思ったのです。



(This picture is from http://blog.daum.net/ppjypro/17)

母にお金を振り込んでもらえばいいとかそういう頭があったのかもしれません…。普門駅の考試院(コシウォン)まで連れていってくれました。その友達もこの近くのセブンイレブンで昔働いていたと言っていました…。でも、ここ普門駅にある考試院(コシウォン)は古くて、しかもモギ(蚊)がたくさんいて、寝ているときにおきてしまいました…。そして、この部屋を出ることにしたのですが、デポジットとして預けたお金を返してもらえなかったので、ある手段を使って、取り戻しました…。韓国人には主張しないと負けます…。はい。私は勝ちました。



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