2014/09/12

祈るということ。ハンディキャップをお持ちの方々へ

~をお祈りします。ってよく日本語のフレーズでも使われますよね。

でも私、今まで結構恥ずかしくて使っていませんでした。何故恥ずかしいのでしょう。
それを自分で突き止めるために、この言葉について最大限、調べてみました。

まず祈る。という行為を英語で書くと、

prayer です。
多くの人が player (プレイする人) とこの単語が似ているため混同しているのでは?と思っています。ちなみに、 prayer は祈り。という名詞であり、祈る人ではありません。
pray だと祈る。ですね。



個人的な意見ですが、私は何もできない方々(ハンディキャップを背負っている方々)に対しては、ただ祈ってくださいって思っているんです。何に祈るの!?と思うかもしれませんが…。そして、何もできないというと誤解があると思いますが、例えば目が見えなくて一人で海外旅行に行けない。とか、行動が制限されている方たちがたくさんいると思うのです。本当は行動したいのに…。

また、ご病気と戦っている方、寝たきりの方、なども、やりたいことが、やりたくてもできない!!って思っていらっしゃる方はこの世の中にたくさんいるはずです。(多くの方々と親交を深めたいです)

そして、そんな方はもちろんハンディキャップを背負っていらっしゃいますので、行動に移すことがなかなかできない。それはある意味仕方の無いことです。そんなとき、一人ひとりの「祈り」っていうのは、必ずどこかで実を結ぶのではないのでしょうか。

私はテレパシー的なものを実際に信じる派ではないのですが、祈ることで自分自身の潜在意識的な何かが改善されていくのでは?という風には思っています。また一人だけではなく、多くの人が祈ることで、病気が治ったりすることもあるという情報を聞いたことがありますので、科学的な根拠はなくても、祈りには強い力があるのだと思っています。

祈りをバカにする人。では、なぜ仏様の前で手を合わせるのでしょうか。また、東日本大地震のときのような最大に困った時だけに手を合わせて神の助けを求める。私は多くの人が困ったときにだけ都合のいいように神の力を信じるのだと思っています。そして一方的に、神に助けてと言う。世界には様々な宗教があり、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教のように3大宗教が同じ神を信じていたり、仏教やヒンズー教、日本で生まれた神道もまた前者とは違いますが、違った神を持っています。

手を合わせなくても、祈ることはできる。ハンディキャップの方々やご病気の方々に限らず、祈ることは簡単にできること。

人それぞれ色々な境遇があり、手を合わせる人たちの理由も人それぞれですが、それぞれの実が結ぶことを祈っています。

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2016年02月14日更新