2014/11/30

目黒区柿の木坂で過ごした15ヶ月間

何度も引っ越しを繰り返す私にとって15カ月間とはとても長い期間でした。

私はこのアパートを出る前にしておきたいことがあった。

①中国語の文法+一つ一つの漢字を正しい四声で読めるようになること。
②企業で英語を使用したポジションに就くこと。

そして、最近まで働いていた会社で正社員になることを勧められましたが、私はそれを辞退しました。ある意味、私にとっては人生の分かれ道的な決断。あの会社は私の語学力を必要としていて私も求められていたため、とてもポジション的にも気が楽でした。3年くらいあそこで経験を積んで他のところで働くほうがいいと、派遣のコーディネーターにすすめられ、私もそう思っていました。なぜなら、派遣社員と正社員ではやはり給料に差がありますので。

私は紹介予定派遣で働いていたので正社員にならないという私の決断でそのお仕事は終了してしまいました。なぜなら私はこれから海外に行こうとしているからです。過去に何度も海外に行っている私ですが、今回は違った形で行きたいと思っています。そもそも3年以上も同じ会社で働いているイメージなど私にはないのですから…。

(ここが私の住んでいた柿の木坂という地区です。都立大学駅の北側に位置します)

私はある意味、南京で日本語教師をしていた時、あそこでずっと働いていてもよかったでしょう。自分の時間を犠牲にしてでも働いていたかったポジションであったし…。ですが、南京での日本語教師を辞めて、日本に戻ってわざわざ韓国語の勉強を始めて、韓国の語学堂に通った後、韓国の国立大学に入ったのは、日本の企業で英語を使った実務経験などが欲しかったためだと思っています。私が南京で日本語教師をしていたときの私の先輩は大学を卒業してからずっと日本語教師をやっているらしく、あそこがクビになれば日本語教師以外の選択肢はなくなります。それで私はせめて、20代のうちに企業で英語を使う経験が欲しいと思っていました。

もう英語の実務経験はやりたいだけやったと思ったのが私の正直の気持ちです。今は英語力というよりも、コミュニケーション能力や人をうまくまとめたりする力、つまりマネジメント力の方が私には足りない部分だと思っています。つまり、私は韓国から日本に帰ってきて、企業での実務経験を達成したのです。そして、正社員にならないという決断もしました。

柿の木坂に住んで、特に2014年は本当に中国語に専念しました。日立システムズで働いていた時中国語が必要されたのがきっかけというか、とてもタイミングが良く、今まで疎かにしていた、または一番やりたくなかった四声の見直しをすることができました。

私はこの柿の木坂を出たら、証券会社で働く経験を作るために、外務員資格試験に集中しようと思っています。もともと語学以外はできない私ですが、金融には興味があるので時間をかけて頑張りたいと思っています。

明日から始まる仕事は、時給は下がってしまうけれども、貿易関連のお仕事です。船舶代理店のお仕事。ここでは沢山の英語の書類を読んだり、メール対応したり、色々な国と電話でやりとりする予定だそうです。

私は度に向けて、たくさんの家具や、集めていた洋書なども捨てました。この数か月間、ずっとこのウサギ小屋にいなければならないのかと思っていましたが、かなり身軽になりました。


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