2015/04/13

自分より年上の人はやっぱり敬うべき?

西洋では年上だからといって偉いとは思われません。だから、年上に尊敬語を使うなんてこともありません。(西洋の全ての国とは限りませんが…。そして日本よりも、それがないという意味で書いています。)私は歌舞伎町を離れ、上海へ旅行に行ったあたりから、日本人的な要素が減ってきました。その日本人的な要素が減ってきたというのはどういうことかというと、上海に行く前までには、あまり意味がない場面でも、よく会釈もしていたのですが(何も考えず…)、それも上海をはじめ、色々な外国に行ってから減りました。しかも、私は自分より年上の人は、私より何でも知っていると思って、いつも、”はい、はい”って真剣に話を聞いていました。今でもそうですが…。

私は母から、”ありがとうという言葉を何度も使いなさい”のようなことを教わった気がします。よく読む本などにも、”ありがとう”と何度も言っていれば、その1日が気分よくいられる。みたいなことを書いてあった気がするのですが、私の性格的には、なんか違うなと思ったりもしました。

それは、どういうことかというと、気持ちのこもっていない、ありがとう。はあまり言いたくないということです。今までは、”ありがとう”すみません”などを挨拶のように使っていました。

私は外国に行ってから、一つ習慣になってしまったことがあります。それは、”ありがとうと何度も言わなくなったことです。アメリカ人はよく、"Thank you" と言い過ぎるくらい言いますが、中国人は身内ではあまり言わないのです。一度、青島で、友達のお母さんに、”ありがとうございます”と会釈しながら言ったら、”なに、水臭いじゃない”と言われました。それ以降、私は適切な場面だけに、この言葉を使うようにしています。あまり、”ありがとうと言いたくないときは、もちろん言いませんし…。話がずいぶん、脱線してしまったのですが、

このように私は気づいていなかったけれど、考えてみると、外国に行ってから、それらの習慣などを取り入れているようなのです。そのうちの一つに、年上だからといって、その年上の人すべてを敬う気持ちをなくしたことです。これは、ユダヤの格言にもあるようです。“子供のまま、大人になった人もたくさんいる。”とか、”偉人を評価しすぎてはならない”とかです。なぜ、この記事を書いているかというと、それ以降、日本の職場にいる限り、私自身がこの考え方を改めなければならないという状況に直面したからです。
それは、多くの会社を渡り歩いている私だから感じることなのですが、毎回やはり先輩に教わるわけですよね?その先輩が、3年以上も働いているのに、私が聞いている質問にきちんと答えられなかったりとか、明らかに3年以上、何もその会社のことを考えずに仕事をしてきて、威張っている人だったりするのです。そういう時、私はこの人たちには教わりたくないと思います。(これはきっとどんな人でも思うでしょう。)
そして、好奇心旺盛で入社時から色々質問する私は、もちろん、そんな先輩に嫌われます。そして、私は彼らを心の中で軽蔑し、それが彼らにも伝わってしまいます。ですが、私は今後、自分の気持ちを改めることにしました。私が今後も会社に守られる生活を続けたいのなら、組織とハーモニーするために、表面上だけでも自分を作らなければならない。(会社に守られている身であり続けたいなら…)もし、自分らしく行きたいのなら、自分のビジネスを拡大していくしかないでしょう。

誰かが言っていた言葉かもしれませんが、
私は地球を太陽を回る宇宙船とか、船とかと表現しています。太陽を一周したら、また年を一つ取るわけですよね。もし、仮にあなたが何も努力をしてこなかった60歳の人であったとします。ダラダラ楽に生きてきたかもしれません。勉強もせず…。でも、私の二倍も太陽の周りを回ってきたと考えると、この60歳の人は、私より四季を感じ、嫌なこともたくさん経験し、辛い思いもたくさんしてきたんだなって…。そんな風に考えるようになりました。このイメージが頭の中に定着して以降、私の考えにも変化が起きて、西洋の考え方も知った上での私なりの新しい考え方が生まれました。
そう。確かに、もしあなたが60歳で何の努力もしないで、お酒ばかり飲んでいたとしましょう。私は当然、あなたを尊敬しません。でも、その背景にはたくさんの辛さや悲しみや、苦しみがあり、それは私以上に経験しているということ。そして、私はそんなことも敬いながら、自分より年上の人と接していきたいです。

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