2015/04/05

人それぞれの悲しさ(哀しさ)

슬프다(スルプダ)
韓国語の単語整理をしていたら、こんなに簡単な単語、思い返せば一度も使ったことが無かったのです。

私は人生の中で、この単語を使ったことがあまりなかった気がする。いや、使い方を知らなかったのです。



悲しいは、心が非で、胸が張り裂けそうになる気持ち。 愛している。も、あまり使わない私。考えてみれば、当然である。英語の、[love] [sad] のように、気楽に使える単語ではないからです。
悲しいというのは、災難や人が亡くなったときに想う、愛情に似たようなものだと思うのです。

私は、いまだ深い悲しみを感じたことがない。 そのため、深い悲しみを感じた人の気持ちを知らないのかもしれない。
2005年、祖父の葬式で、私は胸が張り裂けそうになる悲しみには襲われなかった。私が高校を卒業してすぐに祖父は、あの世に行ってしまったのですが、私はそのとき思ったのです。
きっと私の魂に入ってきた。祖父は昔から外国のお金を集めることが好きで、私は小さい頃から知らない国の硬貨や紙幣をたくさんみてきました。私と祖父はいろんな部分が似ていて。実際に私は外国に頻繁に行くようになり、まるで祖父がやりたかったことを実現しているかのようです。同時に、祖母が無くなったとき、私は韓国にいて、すぐに葬式にいける状態ではなかったのですが、深い悲しみには襲われませんでした。何故でしょう。

私が悲しいと感じたとき。それは以下です。 初めての東京→初めての一人旅。叔母やそこで出会った人たちとの愛情を感じ、そこから離れた直後。 アメリカ横断後→さまざまなものに触れ、知らない土地で愛情を感じ、そこから離れた直後。 中国瀋陽の電車→瀋陽で恋人の両親の愛を感じて別れが来た直後。

これらは、悲しみなのでしょうか? 辞書には、このように書いてある。心が痛んで泣けてくるような気持ちである。
仕事を変えるとき。その土地で知り合った人たちと別れるとき。
考えて見ると、私は悲しい体験をたくさんしていた。

そして、思い出しました。私がなぜ、あの時泣いたのかわからなかったことを、ふと思い出したのです。それは母にペスクタリアンになったことを告白した時でした。ペスクタリアンになった当初、私は周りの人から、変な目でみられていることを知っていました。そして、北海道に帰って、母にそれを告白した時、母も私のことを変な目でみているのではないかと思って、とても悲しくなったのです。千歳空港から私の実家まで行く車の中での出来事でした。

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