2016/01/31

言語を愛することと、恋人を愛すること

この記事では、1ヶ月アラビア語と距離を置いて感じたことを綴っていきたいと思います。

この1ヶ月、インドネシア語の基本語彙の整理と、2005年にドイツ語の電子辞書まで買ったけれども、ほとんど手を付けていなかったドイツ語の基本語彙、またロシア語の辞書を購入したけれども手を付けていなかったということで、そちらのほうに集中していました。


(ちょっと調子に乗って違うウィッグをつけてみました♪香取慎吾風でしょ?!)

なぜ私がアラビア語と1ヶ月距離を置こうと思ったのか。それは、去年の9月後半からアラビア語だけずっと勉強して、いつも電車の中でアラ英辞書や、アラビア語の音楽、アラビア語のニュース、仕事中にも空いているすきを狙って、文法をおおざっぱに勉強したりしていました。まさに、アラビア語漬けと言えると思います。

この3ヶ月で感じたことは、頭の中にアラビア語の家ができたということ。ロシア語に関してはまだその家ができていません。今私の脳内にあるアラビア語の家は、そんなに立派なお屋敷ではありませんが、

①文法の徹底
②現在ある知識に基づいた発音の聴き分けをニュースや音楽などを通して感じることができる
➂語彙の増強



アラブ圏の短期遊学で喋りまくる

で、かなり上級レベルに行けると確信しています。なぜなら、この3ヶ月で私が確信したことは、この言語に恋をしてしまったということだからです。

人間、好きな人ができてしまったとき、その人のために何かをしようと思うでしょう。その人のことをもっと知りたい。でも、その人がその愛に値しなかったらどうでしょう?別にもうどうでもいいやとなるはずです。

私にとってアラビア語とは、去年数カ月この言語のことを沢山調べて、この言語を学ぶ意味や、将来の自分にとって欠かせないものであることや、そういうものを知ったうえで学習をスタートしましたので、中国語や韓国語とはまた思い入れが違うものとなっています。

最近英語のサイトで検索していて、知ったこと。

日本と欧米は言語の選択まで違う。ということ。

私は欧米人になりたいと思っているわけでもないし、欧米人が素晴らしいと思っているわけでもありませんが、なぜ、日本では菜食主義者やアラビア語の重要性が強調されない一方で、欧米の権威ある機関からは、菜食主義者やアラビア語の重要性が強調されるのか?と疑問に思ったりすることがあります。菜食主義者に関しては、完全だけが思っていることだけかもしれませんが(笑)


以下は権威あるアメリカン・カウンシルとブリティッシュ・カウンシルから、いかに今後の将来アラビア語が重要な言語になるかということに関する記事です。
http://www.americancouncils.org/news/seven-reasons-why-now-time-learn-arabic
https://www.britishcouncil.org/voices-magazine/why-arabic-should-be-taught-uk-schools

これを見るだけでも、ぞっとします。なぜアメリカとイギリスがアラビア語人材の確保に急いでいるのか・・・。とても興味深いですね?

この1ヶ月とても長いように感じました。私はアラビア語の辞書を開かないと決めていましたが、開かずにはいられず、これを開かないことによって人生がつまらないものであることを悟ります。

まるで、恋人と距離を置いて、会いたくなってしまって会ってしまったような感覚。(笑)

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