2016/05/07

英語(外国語)学習は人間同士の関係を親密にし、人生を豊かにする

Learning a foreign language is important and will enrich your life.

私が外国語を勉強して思う事。それは外国語が人と人との関係を親密にするよい材料なのではないか?ということです。ちょっとの期間外国語を学んだことがある!っていう人に、この感覚はわからないかもしれません。何かを3年以上継続していると見えてくることもある。という視点でこの記事を書かせていただきたいと思います。

多くの人は外国語を学ぶこと=就職に繋がる

などと考えてしまうと思います。やはり生きていくには何か武器がなければならない。外国語はよくツールと言われますが、それを極めたとき強い武器に変わるのも事実です。このように職を得ることに繋がると考えている人が多いのが事実だとは思うのですが、私に言わせればそれはちょっと違います。(もちろん私も職に繋がるという気持ちもありますが)

なぜなら、外国語を学んでいることで、たくさんの出会いがあるからです。



例えば、私はインスタグラムでよく勉強したときの写真などを投稿していますが、全く知らない人から、私もフランス語を勉強しているよ。とか、連絡をもらったり、インターネット上とはいえ、繋がりが増えているからです。

https://www.instagram.com/multilingirl/

また、インターネット上ではなくても実際に、

日本語で話していた時は、あまり距離が近くなかった人でも、いざお互い英語で話す関係になってみると、急激に親密感を覚えます。例えば会社の同僚などと一緒に帰るときに、私は英語で話しかけてみるんです。すると、お互いに打ち解けるというか・・・。

なんでしょう?相手の英語も自分自身の英語もお互いのレベルがその時点でわかり、お互いの弱点などがみえてきて、すべてをさらけ出す状態になるからなのかな?

私はそれをスポーツクラブという場所で感じたこともあります。

「コナミスポーツクラブ武蔵小杉の男性スタッフと英会話!?」

初めて会ったスポーツクラブのトレーナー人なのですが、私はその人と親密な世界を一瞬持とうと英語で話しかけてみたら、まさにお互いに親密な世界を体験してしまったのです。普段日本語で話すときはあまり目などを見て話さないのですが、英語はお互いの目を見て話すような言語なのでお互いが見つめ合い、また外国語である英語を表現するためにジェスチャーを交えたり、明らかに日本語で会話しているときの距離感とは変わったのです。

また通っている歯医者さん(若いお医者さん)がスイスに留学していたとホームページに書いてあったので、英語で話しかけてみたら、結構親しくなりました(笑)

おそらくこれは英語話者同士が日本語で会話したときに現れる親密感とも似ているかもしれません。というのも、英語話者同士が全く違う言語である日本語を話すということは、お互い日本語を勉強したもの同士という共通点を持つことができ、またお互いの会話レベルを把握し合って、これだけ日本語を頑張ってきたんだな?というように、相手の過去や努力をその会話レベルから推測しようとするからではないでしょうか?

エジプトやアラブ首長国連邦、シリア、サウジアラビアに繋がりを持てるようになったのも、私がアラビア語に興味を持つことから始め、フェイスブックで積極的にアラビア語関連の繋がりを持とうとした結果からだと思います。

また色々な場面で、特に初対面の際に私が中国語ができると言うと、多くの日本人は中国について色々聞いてきます。というのも、一般の人たちの中では中国に住んだことのある日本人というのも結構レアな存在だからでしょう。なので、そういう話題作りとしても結構役に立ちます(笑)

また今後、フランス語を勉強して多くのアフリカ人とつながりたいと思っています。あらゆる偏見を取り除き、可能な限り、生きている限り、私はコミュニケーションのための語学を続けていきたいです。

この記事で伝えたかった事。

それは、なんでもいいから外国語を継続していると、その外国語が好きな人たちのコミュニティに入ることが出来たり、またふとした時に、その外国語の仕事のチャンスが舞い降りて来たり、色々な機会が増えるという事。また日本文化や日本だけの世界にとらわれることなく、色々な世界の人たちと関わる機会が増えてくるのだと思います。

そういう中で、お金には変えられない交友関係を得ることができるのではないでしょうか?

よく外国語を学んだことのない、または中途半端にしか学んだことがない人が言う言葉。

”外国語は単なるツールでしかないよ”

私は、そんな言葉では片付けられないと思っています。人との繋がりはとても大事。外国語が話せなくても、その言語に精通しているだけで、また聴くことができるだけで、それだけでも相手との距離が縮まるのです。外国語を勉強すると、日本語も勉強することになります。意味を調べるときに日本語を参照するからです。よく外国語を勉強する前に日本語を勉強しなさいと言う人もいますが、外国語を勉強することは日本語を勉強することでもあり、日本人同士のコミュニケーション能力の向上にも繋がると私は思っています。(短期間の外国語学習ではちょっと話は変わってきますが…)

外国語をきちんと学んだ先には色々な世界が待っている。それを私はいつも体験しているのです。

フェイスブック上に投稿したところ、コメントがありましたので以下に掲載させていただきます。


●Chris さん
その言語がその国民の気質を形作っている面もあると思うよ。
研究などで原典を読むときは絶対原語を知っていないとどうしようもできんしね。

●Hajima さん
『ツールでしかない』について。1.日本語、漢字、英語不可の外国にいたら、とても言えないセリフ。最低限の言葉は生きて行くのに必要なのだから。 2.どちらかと言うと、自分が極める努力不測の言い訳に便利なセリフ。私は、『ゴルフは人とのコミュニケーションのツール』と思っている。上手くなりたいけれど、練習嫌いなので、そう言って納得(?)してしまう。3.確かに、外国語の方がある感情表現がよりできやすく、気持ちが伝わることもある。香港でのガウチョうあ~、没問題。他国で、恐らく、まいぺんらい、おうまいがっ。もか?

●Aoki.K さん
私、英語や日本語などの言語に興味があるのに、踏み切れなかった理由が分かっちゃった。
自分の日本語、英語の言語レベルを知られるのが怖くて、この程度って思われるのが怖かったみたい……💦
自分の人間性を言語の能力で『この程度』って思われることを恐れてた……。

りょうこさんに教えてもらったブログを英語にするの、実はまだ出来てないの……。
私は何を伝えて、何を通して海外の方と仲良くなりたいのか、分からなかったんだよね😅
ようやく、見えてきたから動き出しそう!


●Asami さん
言葉はその国の文化や歴史を深く知りその国の生活に溶け込む手段です。

●Takeuchi さん
語学、それを学ぶ、また使うのに至極便利なネット環境が今はあるってのが大きいですよね。何故か毎日のように世界中から色んなメッセージが届きます。英語だけでなく他の言語を使えたらと思う事もしばしば。第二言語同士の会話って、どうも細かなニュアンスが伝わらない所がありまして、、、(^^;;

●Saito さん
「言語は単なるツールでしかない」という表現は、他の例えで言えば、大学受験に落ちた人が「大学なんて意味がない」というのと同じです。確かに外国語を学ぶことで有利な待遇を受けるメリットはあります。しかし、キャリアアップやお金などの外的モチベーションでは、学習そのものが長続きしません。目標を達成してしまえば、その後どうするのって感じだからです。それとは逆に、内的モチベーション(叡智の共有や人としての成長など)にフォーカスを当てると、不思議と続くものです。これさえ心得れば、「言語は単なるツールでしかない」と中途半端な言葉を吐くことも、外国語学習に挫折することもありません。

●Aoki.Y さん
私は、ドバイでパキスタンからの出稼ぎタクシー運転手と韓国語で会話しました(笑)その運転手は、韓国にずっと住んでて韓国語は流暢に話せるけど、ドバイに来て間もないから英語は上手くないと言うので…
英語だけしか私が出来なければ生まれなかったコミュニケーションだったと思います。

●Matsuoka さん
アタシはあんまりツールだと思って勉強したことはありません。アタシの場合はたまたまある程度の英語ができる。海外旅行が趣味で、いろんな国に興味があり、世界中で友達がほしい。今は主に台湾語の勉強をしてますが、台湾に親しい友人がいて、彼女もある程度日本語ができる。しかし、日本語と台湾語だけでの会話だと、お互い伝わらないことがあり、その場合に英語を使う。とゆう感じです。今はLINE通話が海外の友達ともできるのでとても便利です。確かに、仕事で使えるとゆう面では、日常会話程度の英語ができればそれでよいのでは、とアタシは考えます。りょうこさんの仰るとおり、ただのツールではないです。

●Miki さん
僕もこの前スペイン語圏との人とのやりとりで 下ネタを話していて、冗談が通じる相手だったので君スケベだねっていうのを 'デサグラダブレ'という単語を使ったために思わぬ誤解を招きました desagradable=汚わしいものを意味する あるいわ 人を心底軽蔑するような意味だとはわからず辞書を引いてメールをうった結果でした🤔😲単語 文法が完璧でもコミュニケーションがとれるかは別だと思いました、、ってわたくしがあまりにも馬鹿なだけなのかな😛

●Friend さん
日本人は食堂にゆくと、俺はラーメン、俺は餃子だ
と言います。
この場合の俺は主語ではありえません。

これは欧米語の絶対的主語性には存在していません。
日本語は述語性言語です。
言語はツールではなく、文化であり、文化史そのものです


●Kitahara さん
目から鱗でなく、ご説ごもっとも!!中途半端な私は外国語はいろいろやりましたがものになりません。英語、フランス語、ハングル。りょうこさんおっしゃるように、外国語で話すと打ち解けるというか親密感がでると言うのは、解る気がします。ある意味非日常の世界に入る。よく役者には、自分を解放しろ、自分をさらけ出せと演出家は要求しますが、外国語で話し合うというのは、一寸それに似た感じでお互い、役者になっているんではないでしょうか?(元四季の演出家の卵、30年も前のですが)

●Nagato さん
私はたまに使いますよ、ツールだよって。でもそれは、外国人と話す、外国語を使うことに強い苦手意識を持っていて、前へ進めずにいるような人に(実際には、それを言い訳にして、外へ出たくないだけで)、ただのツールなのだから、という意識で取り組むことで、壁を越えるきっかけになってほしいな、という思いからです。
たかがツール、されどツール、なのだろうと思っています。

Otani さん
語学はツールではなく、「武器」だと思う1人。故意ではなくても時には人の心を傷つけ、時には人の心を護る。また、自身の保身の為にもあれば、自身にも傷つけてしまうもの。だからこそ、人格を現す言葉を吸収したいなと考える。ツール=道具…として考えるならばいっそ学ばなければ良いと思ってる。言葉は生きているから。武器として考えたときに、どの言語も重たく尊厳があると身にしみるよ。生きているから、学ぶんだ…私はね。

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