2016/07/02

外国人によく聞かれること。歌舞伎町には、なぜ歌舞伎座がない?

私にはあまりカッコいい!という風には思えない市川海老蔵さんの最近のニュースをみていて、なぜ市川海老蔵さんはこんなにも話題になるのか?という疑問から、真剣に歌舞伎とは何か?ということに向き合おうということで、歌舞伎の歴史を調べてみました。そうすると、私の関心は、歌舞伎町という街になぜ歌舞伎がないのか?ということに関心がづれてしまいましたが…。ということでこの題名で記事を作成することになりました。

とりあえず、歴史を調べておけば、歌舞伎町とは何のための物だったのか?ということを理解することができ、一層この地区について理解が深まるからと思ったからです。またこの記事では歌舞伎の歴史についても書いています。




新宿歌舞伎町の由来について。
第二次世界大戦後に、以前コマ劇場があったあたりに、歌舞伎座を作る計画があり、歌舞伎町と命名されたが、歌舞伎座の建設は中止になった。

そのころの新宿は何もなかったような場所で、東京の中心地、銀座あたりから新しい東京の中心を作ろうという機運が高まって新宿に歌舞伎座を中心とした街を作ろうとしたのです。

以降、歌舞伎座は建設されませんでしたが、新宿の西口には高度経済成長期に高層ビル群が出現し、東口には怪しげな歌舞伎町という街、またデパート街が作られたのですが…。

そもそも歌舞伎の意味はうとか、=枝を手に持って技を操る。という意味ではありません。歌舞伎とはもともと傾く(かぶく)という動詞にあるそうで、並外れている、常軌を逸しているという意味があります。それに無理やり漢字を当てはめて、歌舞伎になったそうです。歌舞伎役者=普通の人ではないと、言いたいのでしょうか?!

おそらく、歌舞伎町と聞くと、歌舞伎を思い浮かぶ人はほとんどいないと思います。歌が舞う、技を操るというイメージは歌舞伎にはないですよね?

あ、もしかしたらかるかも?キャバクラでは歌を歌ったり、まったり(舞ったり)して、小悪魔のように技を操る遊女がたくさんいるのだから…!?というのは、冗談で、

そもそも、敷居が高そうに見える歌舞伎とは、先ほども書いたように

傾く(かぶく)という言葉からきています。


(江戸時代、かぶき者と言われた男性は、普通の男性の着物の着かたではない派手なスタイルのことです)

これは、先ほどカッコいいとかイケている!という意味として書きましたが、

傾く。というのは、本来の姿から傾く、常軌を逸しているという意味です。

つまり、英語の "outstanding" がしっくりくる言葉。外に立つ=普通の人ではない。
本来の、傾く(かぶく)の意味は、いい意味ではない。と思っておいてください。


(1895年の歌舞伎座の様子)

この歌舞伎というものが存在し始めたのが江戸時代だといわれています。さすがに江戸時代の写真は見つけられなかったのですが、アメリカのサイトから一番古いもので1895年の歌舞伎座の様子をの写真を入手することができました。

歌舞伎は女から始まった?女→少年→成人男性(野郎)?

色々な説もあるのですが、有力と言われているのは、もともと大坂・京を中心に、女が派手な男を演じたことからはじまったとされています。つまり、女が当時はやっていた?ともされる奇抜な派手な男を真似して芸を始めた。そうすると、大坂や京でとてもウケてしまい、そのせいか江戸でも成功してしまう。そのうち、女歌舞伎が人気になり、男性とのトラブルにまで発展してしまう。

つまり、今でいうAKBなどにファンがたくさんいるように、そのファン同士で争い合いが起きてしまったり、女性ということで、体の関係のトラブルなども続出してしまうということです。そこで女性が男性のかぶき者を演ずる、この女歌舞伎を禁止するということになりました。

また、その後少年が歌舞伎をやるようになりますが、その時代は少年も成人男性の性の対象だったため、同じようなことになってしまい、

最終的に成人男性、つまり野郎男性が歌舞伎をやるというように、進化していったといわれています。

その初代の歌舞伎俳優が、成田屋(屋号)というところの市川團十郎です。この人の本当の名前は海老蔵といい、それが11代まで続き、

現在、世間をお騒がせしてしまっている市川海老蔵に繋がっています。



11代、すべて市川海老蔵という名前。まるで1600年代から、ずっとその初代市川海老蔵が生きているかのようですね。

今回はウィキペディアと、独立行政法人日本芸術文化振興会のホームページから色々参考にして書いています。

また私自身誤解している部分も多くあるかもしれないので、間違っている場合は指摘していただけると助かります。

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