2016/07/19

明治天皇(睦仁)と徳川慶喜の顔が、対照的すぎる件

弥生系と縄文系を研究する私にとってはこれは貴重な比較かもしれない。というのは、以前から私は昭和天皇の顔がなぜ濃いのか?と疑問に思ってはいましたが、その時代に生きていた徳川慶喜の顔はとてもあっさりしているのです。

これは面白い比較ではないか?と思い記事作成を決意いたしました。

まず、



1852年生まれの明治天皇ですね。天皇といえばあっさり顔というイメージがありますが、この明治天皇は、え!?と思うくらい、またすり替えられたの!?と疑いたくなるくらい、顔の種類が私たちの知る現代の天皇家とは違います。

明らかに、現代の平均的な日本人よりは濃い感じがします。

日本人から見ると日本にもいそうな顔じゃない?と思うかもしれませんが、じゃ、中国や韓国、または日本の政治家でこんな顔の人いませんよね?ひげもあるかもしれませんが…。

当時も、やはりヨーロッパなどでは特別にみられていたのではないでしょうか?存在感ありすぎ。

一方、このかたは!?



1837年に誕生の15代将軍徳川慶喜の写真。モノクロの写真ですが、顔の彫がほとんどみられません。しかも、顔つきは優しい感じ。私はたまに思うことがあるのです。

それは人の顔つきって、日々変化していくものだと思いますが、たとえば平穏に暮らしている人の表情ってストレスがあまりないせいか、どんどん丸くなっていくと思います。

一方、ストレスにさらされながら生きている人、または仕事にもよりますが、野生的な生活をしている人は目が吊り上がるわけではないですが、少しこわばった表情になると思うのです。

つまり、そういうのが重なって遺伝で、顔の変化が起きるのかな?なんていう全く根拠のない想像をしたりもします。

思い違いかもしれませんが、よく犯罪者の写真をみると、目が吊り上がっていたりこわばった感じの人が多いと思うのです。目が垂れて眉毛が垂れているイメージって、犯罪者の写真をみたときにあまり思いつきません。

こういう意味で、徳川慶喜さんはとても平穏に暮らしていたのでは?と私は勝手に想像してしまうのです…。(明治天皇の顔つきはおそらく、列強の中で生き抜いていくために形成されたものかもしれないです。それだけプレッシャーがあったのかなって想像・・)

徳川慶喜の写真は以下のHPでもみられます。なんか女性のような顔だちと思えます。この当時写真の技術があったので、鮮明に読み取ることができます。

http://hobby.life.coocan.jp/tikako5.htm

徳川慶喜のような顔は現代の日本にも普通にいそうな感じだと私は思います。


なんか不思議ですよね…。

この当時、天皇は睦仁(むつひと)天皇、将軍は徳川慶喜という時代が変わる節目に存在していた大物二人。

やはりこの比較は面白すぎる!!

ちなみに日本語の対照的と対称的は、読み方が同じなので混同しないようにしたいですね。

対照的=2つの違いがはっきりしていること。
対称的=シンメトリー。左右の形や配列が左右一緒だということ。

日本語ややこしすぎる!!

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