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杉原千畝さんが、世界ユダヤ人会議の動画チャンネルに掲載され世界から称賛される理由【 ユダヤの反応】





世界ユダヤ人会議のチャンネルをみていたら、驚くべき動画がアップされていました。それは、明治に日本の外交官だった杉原千畝(すぎはら ちうね)さんの動画でした。私の勉強不足もあり、私すら、すぎはらちうねさんのフルネームは知りませんでしたが、以前ユーチューブか何かの動画サイトで、ユダヤ人+杉原というキーワ―ドはどこかでみたことがあり、この動画を観てすべてが一致したような感じがします。

こんなごく普通の日本人が知らない杉原さんですが、少なくとも海外では知っている人がいて、このように、世界ユダヤ人会議という動画サイトにまでアップロードされている。

日本では知られていない事実が、世界では常識化している。この動画も、そのうちの一つではないか。

杉原千畝さんといえば、1900年ー1986年まで、長生きしていた人でもあり、また第二次世界大戦中はリトアニアのカウナス領事館に赴任していました。

その当時、ナチス・ドイツの迫害により、ドイツから、逃れてきた多くの難民たちがいました。杉原さんは、外務省からの訓令に反して、それらの難民に大量のビザ(通過査証)を発給し、約6000人に上る避難民を救ったことでしられています。また、驚くべきことに、そのほとんどがユダヤ人だった。そういうこともあってか、東洋のシンドラーなどと呼ばれていたりするそうです。(ウィキペディア情報)

ちなみに、外務省からの訓令に反して。部分は最近異論もでてきており、こちらのブログでは、当時の文献なども解析した記事が書かれています。

杉原千畝の話で日本人はダマされています。

それでは、ニューヨークに本部を置く、世界ユダヤ人会議の動画ではどのように紹介されているのか。



この動画の英文をざっくり日本語に直してみました。

第二次世界大戦中、ユダヤ人はヨーロッパから出ることができませんでした。つまり、扉にはすべてカギがかけられていた状態であった。

けれども、ある一人の男が、その訓令に反して行動した。その男は、自分のオフィスの目の前にやってくるユダヤ人のために、ビザを発給し始めた。

それがリトアニアのカウナスに領事館に赴任していた杉原千畝だ。すべてのビザは、彼の筆によってひとつひとつ書かれたものだ。

杉原は、来る夜も来る夜も自らの手で筆を執った。



ユダヤ人の証言
カウナスで、ユダヤ人を救った領事館関係者は日本人だけだった。

それを知ったドイツの同盟国である日本政府が、彼を外務省の地位から除外した。
彼はこう言ったそうです。

自分に助けを求めてくる彼らを死なすわけにはいかない。どんな罰が自分に課せられることになっても、自分の良心に従うべきだ。

彼は6000人以上のユダヤ人を救った。



もし杉山さんが、通過査証を許可してくれなかったら、私たちはおそらく殺されていただろう。

こんにち、4万人の子孫が、良心的な行動に従った勇敢な杉原さんのおかげで、生きていると推定されている。

一年前には、日本でこのような動画も上映されていたのですね…。



私は以前ユーチューブで日本人が作った、杉原さんがユダヤ人に称賛される理由的な動画を観て、あまり真剣にとらえなかったのは、ソースなどもなかったためです。

もちろん、真実なんだろうなということはわかっていましたが、このように、世界ユダヤ人会議の動画チャンネルに掲載されていたという事実を知り、真剣に私のブログでもシェアさせていただくことにした次第です。

そんな杉原さんは、現在は鎌倉霊園に眠っていると言います。

やはり、ヘブライ語のサイトを見てみても、かなり英雄として紹介されている。
מפעל ההכרה בחסידי אומות העולם


FBでお友達にシェアしたところ、以下のコメントをいただきました!

安藤さん(上海在住)
ユダヤの民をたくさん助けたリトアニア領事。(あれ?リトアニアでしたよね?違ったかな?)上海の虹口(今はホンコウ。昔の日本人はホンキュと)あたりから黄浦江へだんだん近づいていくとユダヤ人が昔に居留した家がたくさん残っていますよね。当時からドイツは日本人が大嫌いで(同盟国でありながら)ユダヤ人を助ける日本陸軍へさまざまな要求をしてきました。ベルリンの大島大使はドイツ好きないけすかない野郎でしたから、陸軍省へ執拗に「シベリア鉄道、南満州鉄道経由で陸軍が逃したユダヤ人をドイツへ引き渡せ」と言ってきました。正義感の、かたまりである日本陸軍は満州の関東軍にフグ作戦強化を伝えました。フグ作戦とは東ヨーロッパのユダヤ人をじゃんじゃん満州へ受け入れて、鬼のドイツから守ってあげること。

いま上海の街は焼け付くような気温(40度超え)もめずらしくないのでとても歩けませんが、秋になったら虹口あたりから黄浦江沿いに船を見ながらユダヤ人街を歩くと、昔のヨーロッパの雰囲気を味わえます。もっとも、ちょっと裏道に入ると屋台に脇毛が生えた程度の小さな店で食べ物いっぱい売っていて、食べながら歩いているヨーロッパ人がたくさんいます。当然、ドイツ人もいますからドイツの悪口は言わないほうが良いですけど。


Hunyakoさん
”外務省からの訓令に反して” ここがどうやら史実と違うらしいです。最近知ったのですが、だから杉原さんは役人としての仕事をきちんとこなした、ということのようです。一次資料を自分で見たわけではないですが、だとすると、日帝政府のユダヤ人切りに反して、人道的な行動をした英雄、という見方は実はちがうのかな、と思っています。

Tsutomuさん
杉原氏が外務省からの訓令に反さなければ、戦後どうして外務省に戻れなかったのでしょうか?。

Nakatsuさん
たしかに杉原さんは外務省の訓令に反しましたが、その訓令とは「一定の財産を持っている者にのみ旅券を発給せよ」というものです。杉原さんは訓令に反して「お金を持っていないユダヤ人に対しても旅券を発行」しました。なぜ財産が発行条件になるかといえば、財産が無いと満州経由で外国(アメリカ等)に行くことが出来ず。それら難民を満州で養わなければならなくなるためです。

浅田さん
他にもユダヤ人を沢山助けた日本人(軍人)も居ると聞きましたが絶対に表には出て来ませんね。

山形さん
外交官にはなれないけど、日本で精一杯、命の在留資格をつなぎたいと思って必死になっています。杉原領事心から尊敬しています。晩年は恵まれなかった様ですが。とりわけ、彼が発行したビザでアメリカに生き延びた人の中に原爆の発明にかかわった人がいたと聞くとき凄く複雑な思いです(映画はそこもちょこっとながら描いているのが(監督?脚色?が)すごいなと思います。)。

三田さん
まえ、駐日イスラエル大使の方と話せる機会あり、杉原氏のこと、どうおもっているか聞いたことあります。非常に誉めてて、外交官としての地位や立場が悪くなることにも華かわらず、行動したことなどシンドラーより、単純計算で、5倍かいユダヤ人助けた。スピルバーグは、むしろ杉原の映画作るべきだったなどとはなしていらっしゃいました。

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杉原千畝さんが、世界ユダヤ人会議の動画チャンネルに掲載され世界から称賛される理由【 ユダヤの反応】 杉原千畝さんが、世界ユダヤ人会議の動画チャンネルに掲載され世界から称賛される理由【 ユダヤの反応】 Reviewed by よこいりょうこ on 8月 13, 2017 Rating: 5

1 件のコメント:

イシモトシゲジ さんのコメント...

いつも楽しく読ませて頂き有り難うございます。多分ですがほとんどの日本人は知っていると思います。昨年か一昨年に舞鶴港に視察団が来ました。政府も対応していた記憶があります。岐阜県の山あい出生地に住んでいるユダヤ人もいるそうです。食事の時も家族でクイズを楽しみながらの国民性なんですね。

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