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大東亜戦争で亡くなった230万人の日本兵。戦場別戦没者数ランキング TOP20



毎年のようにテレビで天皇皇后両陛下が戦没者慰霊をしている映像が流れてくる。私はいつも、この光景を何気なくみてきていた。

当たり前のこと。のように、ごく毎年テレビで流れるその戦没者慰霊の映像。

私といえば、義務教育で日本は戦争で悪いことをしてきた。ということは学んできてはきたものの、日本だけが悪かったわけではないということくらいわかる。

またなぜ日本が真珠湾攻撃をしたのか。なぜ朝鮮半島を統治する必要があったのか?などは、その当時の人間ではないので確実かどうかはわからないけど、おおよそ理解もできる。

そんな中、韓国人の中には韓国と日本は戦争した。と言い出すものもいる。日本と韓国は当時大日本帝国という同じ国だったにもかかわらず。

かと思えば、私だって実際に、日本兵がどのくらい無くなったのか?また中国や韓国のみならず、東南アジアのどこで戦ってきたのか?ということを、ユーチューブ動画の、怪しげな映像からは見たり聞いたりしたことはあったが、きちんとした数字をみたことは今までなかった。

当時、欧米列強(フランスやオランダ、イギリスなどの強い国)に、植民地支配されていた東南アジア(タイを除く→緩衝国だったので)




この地図は、1910年代の地図。

ピンクがイギリス。世界の3分の1くらいはイギリスだったの?と言いたくなるくらいこの当時イギリス帝国というものはものすごく広かった。

またロシアは、現在のウクライナやカザフスタン、ポーランド周辺をも飲み込むくらい今よりも巨大。

そして、インドネシアはオランダだった。

インド・パキスタン・バングラデシュ・ミャンマー・マレーシア、オーストラリアなどの太平洋の国々はすべてイギリス帝国の支配下。

こんな状況の中、日本はあたかも、東南アジアを侵略したと言われている。一方で、日本軍がこれらの国に残り、欧米列強と戦ったことで、現在多くの東南アジアの国々が独立を果たしたという声も多くある。

最近の日本では、あたかも日本と韓国が戦争した?と思っている人も多いのではないだろうか?というのも、そういうニュースばかり流れるからである。

「外国人によって撮影された、日本統治時代の韓国ソウルの光景が凄まじい件【韓国の反応】」

日本と韓国は戦争はしていない。日本が韓国を統治することによって同じ国の人々だった。けれども、本当に平等かどうだったか?というのは私はわからない。



で、

この太平洋戦争(大東亜戦争)が世界に与えた影響はものすごく多いけれども、実際にどれくらいの日本人兵が犠牲になったかということはあまり注目されていない気がする。

数字を見ることで、現地で何があったのかもう一度確認したくこの記事を作成した。というのも、私自身この数字を知ることで、今後、これらの国々で日本兵がどのようなことを体験したのか?ということを探るきっかけにもなるからと思ったからだ。

ミャンマー、インド、インドネシアなど、まだまだ本当の情報が明らかになっていない部分はたくさんあると思う。そういう部分を今後、多言語を駆使して掘り下げていきたいと思っているのである。


20位 タイ(7,000)





19位 インパール(38,400人)

インパール作戦は、聞いたことのある人も多いのではないだろうか。このインパールとは、インド北東部の都市名である。

援蒋(えんしょう)ルートを遮断することを目的とした作戦である。援蒋ルートとは、日中戦争(支那事変)に於ける大日本帝国と中華民国の対立の際、主にアメリカ、イギリス、ソ連が中華民国を軍事援助するために用いた輸送路のことである。



18位 台湾(39,100人)




17位 満州(46,700人)




16位 沖縄諸島(89,400人)

沖縄戦(1945年3月26日~6月23日)連合軍の勝利(アメリカ・イギリス)



15位 樺太・千島(11,400人)

樺太の戦い (1945年)というものが行われた。1945年(昭和20年)8月11日から8月25日にかけソビエト連邦との間で行われた戦闘である。





14位 マレー半島・シンガポール(11,400人)


マレー作戦(1941年12月8日~1942年1月31日)

シンガポールの戦い(1942年2月7日~2月15日)→イギリスの海峡植民地シンガポールで大日本帝国陸軍と連合国軍の間で行われた戦闘。



13位 仏領インドシナ(12,400人)

仏印進駐



12位 小笠原諸島(15,200人)

スカベンジャー作戦(1944年8月4日 - 8月5日)→アメリカ軍の勝利。



11位 ガダルカナル(20,800人)

ガダルカナル島の戦いというのがあった。このガダルカナル島というのは、オーストラリアとニュージーランドのちょうど中間あたりを北にずっといったソロモン諸島にある。(パプアニューギニアの近く)



10位 朝鮮(26,500人)




9位 シベリア(52,700人)

シベリア出兵(1918年8月 – 1922年10月)




8位 スマトラ・ジャワ・ボルネオ(90,600人)

蘭印作戦



7位 日本(103,900人)





6位 ビスマルク諸島・ソロモン諸島(118,700人)

ガダルカナル島の戦い(1942年8月7日 - 1943年2月7日)

ニューブリテン島の戦い(1943年12月15日~1945年8月15日)

グリーン諸島の戦い(1944年1月29日~2月27日)

アドミラルティ諸島の戦い(1944年2月29日~5月31日)とは、アドミラルティ諸島(パプアニューギニアの北方に浮かぶ島)で行われた連合国軍と日本軍の戦いである。結果、日本軍守備隊は全滅した。




5位 ニューギニア(127,600人)

ニューギニアの戦い(1942年3月7日~1945年8月15日)
ラバウルの戦い(1942年1月23日~2月)


4位 ビルマ(166,900人)

ビルマの戦い(1941年12月 - 1945年8月)→日本軍・ビルマ国民軍・インド国民軍と、イギリス軍・アメリカ軍・中華民国国民党軍の戦いである。この戦いには、アウンサンスーチーの父でもあり、ビルマ建国の父でもあるアウンサンも参加している。



3位 中部太平洋諸島(247,400人)

ミッドウェー海戦(1942年6月5日 - 6月7日)→アメリカの勝利



2位 中国(455,700人)




1位 フィリピン(498,600人)

フィリピンでは、フィリピンの戦い。というのが数年続いた。

フィリピンの戦い (1941-1942年)
フィリピンの戦い (1944-1945年)

英語バージョンで動画を探していると、日本軍が、1941年に侵攻してきた。というタイトルで当時の映像が残っている。

Japanese Invasion of the Philippines 1941

ビサヤ諸島の戦い(1945年2月28日 - 8月15日)

Reference Site
https://mainichi.jp/feature/afterwar70/pacificwar/data1.html

マルチリンガールのコメント
フィリピンやニューギニア、また聞いたことのないようなビスマルク諸島・ソロモン諸島。当時、こんな遠くまでこれだけの人々を送り込んでいたという事実や、またこれほど歴史に残る大戦だったにもかかわらず、私は国の名前すらしらないという状況に、自分の無知さを感じた。

もう一度言うけれども、この数字を知ることで、太平洋戦争における知識をもっと深めたいというのが、この記事を作った目的です。今後、現地の国々の言葉などを駆使して、現地では、この戦争がどのように思われているのか?なども積極的に調べていきたいと思っています。

ちなみに、上の数字は、毎日新聞のリンクと同じですが、下の本とも同じようです。

(画像をクリックするとアマゾンのレビューがご覧になれます)



この記事は今後も内容を追記する可能性があります。

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大東亜戦争で亡くなった230万人の日本兵。戦場別戦没者数ランキング TOP20 大東亜戦争で亡くなった230万人の日本兵。戦場別戦没者数ランキング TOP20 Reviewed by よこいりょうこ on 2月 23, 2018 Rating: 5

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