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なぜ「熊本バンド」出身者にはイケメンが多い?戦前の牧師(キリスト教徒)美形男子 TOP30




日本の近代史といえば、一般的に幕末以後の日本の歴史を指すが、そこで注目される人たちの多くは、武士出身のイケメンばかりではないだろうか。日本のみならず、イタリアの日本好きのブログにも、日本の歴代イケメンランキング的な記事には、その多くが武士だったり歌舞伎俳優だったりしていた。

「日本のハンサムなサムライが、イタリアで順位付けされていた件【イタリアの反応】」

NHK大河ドラマ『西郷どん』の西郷隆盛にしろ、『龍馬伝』の坂本龍馬にしろ武士であり、現在の日本を作り上げた、またはそのきっかけを作った人たちの代表的な人物として描かれることが多い。

けれども、これらの人物の裏には、西洋人がいた。ということも指摘されている。→色々な説があるけれども、江戸から明治に移行する激動の時代は、日本にやってきた白人や、日本を動かそうとした白人が深くかかわっていたことは否定できない事実である。

また、この武士というのは日本独特なものでもあり、それはそれで美しいし、イケメンも多くて私も調べるのが好きなのだけれども、イケメンと言えば、何も武士やだけではない。

私は以下の記事のように、歴代のイケメンや地位の高い人を整理していく中で、なぜか牧師さんにはイケメンが多いことに気づいた。

「日本の旧華族(貴族)階級の頂点「公爵」リスト TOP19」



もちろん上のような公爵リストに牧師さんなどは出てこないが、歴代人物などの画像を探しているうちに、私の眼に留まったイケメンの多くが、牧師さんだったということに気付いたのだ。

ということで、今回は、100年くらい前に飛んでいこうと思う。特に、日本で禁止されていた時代もあったキリスト教の牧師になった男性たちの顔の特徴を探っていきたい。

また単にイケメンだけでなく、弥生系・縄文系などの話も、それぞれの人物の出生地に関連させたり、珍しい顔の人たちについても語っていきたい。

「韓国人が思う日本人の顔。弥生系と縄文系」

というのも、100年前と今では顔がかなり変わったといわれているが、実際、薄い顔なのか?濃い顔なのか?というだけであり、全然変わっていないと思うからだ。

また、TOP30 と書いたが、ランキングではなく単なるリストだということも先に言っておく。

そのリストを紹介する前に、まず、全体的な集合写真を見ていこう。



なぜにこんなにイケメンが多いの?と思ったのはわたしだけだろうか?しかも、白黒写真なのにもかかわらず、それぞれの顔の形が鮮明なので、いろんな顔の人たちがいることが分かる。

朝鮮人もいれば、アイヌっぽい人もいたり、現代日本人っぽい人もいたり、九州にいる濃い系の人達のような人、また、白人と日本人のハーフのような人、東南アジア人っぽい人など、バリエーションがかなり豊富だ。

これは、現代の韓国人男性の集合写真をみるのとは非常に対照的である。→みんな同じ顔をしている…。( ´艸`)

①徳富蘇峰



生年月日 1863年3月14日
没年月日 1957年11月2日(94歳没)
出生地 熊本県上益城郡益城町
出身校 同志社英学校(中退)
職業 ジャーナリスト、歴史家評論家、政治家(貴族院議員)

徳富蘇峰は、戦前のクリスチャンを代表する一人でもある。というのも当時、熊本洋学校の生徒34名が熊本バンドという集団を結成したうちの一人でもあるからだ。

またこの中でも、彼はイケメンである。現代芸能人で例えるのなら、同性愛疑惑もある、速水もこみちさんだろうか。( ´艸`)

朝鮮半島系の顔ではなく、日本人に多い弥生と縄文が混ざったような顔にも思える。



けれども、ウィキペディアで晩年の顔を見てみると、この若い時の面影はなくなっており、顔の形、おそらく骨の形が変わった?のかわからないけれども、丸っこくなっていた…。

彼の顔の形はまさに、東アジアには日本にしかいなさそうというか、面長で日本人らしいと私は思った。以下のように。

「中国と韓国にはいない種類の日本人顔」

また、徳富蘇峰の名前はあまり知られていないが、「維新の十傑」のひとり横井小楠に師事した人物で、一敬・小楠の妻同士は姉妹関係にあった。とも言われており、当時は知名度が高かったことも分かるだろう。



②海老名弾正



生年月日 1856年9月18日
没年月日 1937年5月22日(81歳没)
出生地 筑後国柳川藩(現在の福岡県南部)
出身校 熊本洋学校、同志社神学校(同志社大学の前身)
職業 牧師・伝道者・神学者・思想家

海老名弾正は、いわゆるナスビ顔である。目が小さく、顔が薄く、面長だ。こういう顔は今でも特定の人たちにモテる対象になる気がする。

1882年、横井小楠の長女みや子と結婚するなど、横井小楠との繋がりも強い。熊本に戻ってからは、熊本英学校熊本女学校などを創立する。

この記事の一番上の写真では、最前列の一番右である。やはり薄い顔は遠くから見ても分かる。

③稲垣信



生年月日 1848年12月28日
没年月日 1926年4月9日(77歳没)
出生地 江戸柳橋上田藩邸(現、東京都台東区柳橋2丁目)
出身校 明倫堂、慶應義塾
職業 上田藩士、牧師

稲垣信は、私には日本人と白人のハーフ?に見える。また、この系統の顔は現代日本人にもいないわけではなく、たまに見かける顔だ。日本がいろいろな人種の寄せ集めなのだということを実感する。

出生地は江戸となっているけれども、上田藩邸とも書いてあるので、この一族が、現在の長野県上田市)周辺を支配した藩だということからも、長野県のような山岳地帯には縄文系が多かったといわれているので、もしかしたら色々混ざっているのではないか?とも思った。



サンカまではいかないけど、日本史で語られる多くが、江戸や、京都・大坂であり、山に住んでいた日本人の話はでてこないので、こういう部分がまた面白いところだなぁと思ているところ。(笑)

「日本史から消えた幻のジプシー、山窩(サンカ)【海外の反応】」

ちなみに、この時代、キリスト教というのは物珍しい従来の日本の教えとは違うものとして、新しいもの好き、また知的好奇心旺盛なものにとっては、知りたくなるような宗教だったのではないか。と思った。


小原十三司



生年月日 1890年1月23日 
没年月日 1972年1月25日
出生地 岩手県和賀郡土沢
出身校 柏木聖書学院
職業 牧師・神学校教師

小原十三司は、左から四番目の一番背の高い男性。顔も小さく、背も高い感じで当時モテたのではないだろうか?少なくてもこの男性の中では一番、顔と体のバランスが良いように思える。

⑤石松量蔵



生年月日 1888年9月28日
没年月日 1974年4月23日
出生地 福岡県宗像市
職業 牧師

石松量蔵は、盲目の牧師である。最前列の左側。顔がこの中の男性の中でもとびっきり濃い。おそらく縄文人であり、九州でいわれる隼人(はやと)や熊襲系?なのではないか。とも思ってしまう。

韓国の歴史と同様、日本の歴史上でも差別された側の人たちや、また変わった思想を持った人の中にはキリスト教になる人も多かったのではないのか。と個人的に思っている。

いずれにしても、独学で盲唖学校教師になった。という点に感動した。ちなみに、韓国人が思っている日本人の顔のイメージが、まさに石松量蔵に近い場合がある。

これは以前書いた記事の写真をみれば、私の言っている意味が分かるかもしれない。このように、日本は韓国と違って、とびっきり薄い人もいれば、とびっきり濃い人もいるという、国なのかもしれない。

「日本人は、東南アジア人?なぜ、顔が似ているの?100年後、韓国人も東南アジア人顔になってる?【韓国の反応】」



⑥宮川経輝



生年月日 1857年2月11日
没年月日 1936年3月2日(79歳没)
出生地 熊本県阿蘇市
出身校 熊本洋学校、同志社英学校
職業 牧師・伝道者・教育家・思想家

宮川経輝は、海老名弾正、小崎弘道と共に組合教会の三元老の一人と言われたとされている。鋭い目が印象的。髭を蓄えることで少し偉い人のようにも見えるのが、不思議なところ。


⑦李樹廷



生年月日 1842年
没年月日 1886年(44歳没)
出生地 李氏朝鮮
職業 牧師、教師

李樹廷とは、韓国最初のプロテスタント教会の受洗者のひとりで、朝鮮での最初のプロテスタント宣教のきっかけと初の朝鮮語訳聖書を作ったとされている人物。

1842年李氏朝鮮の名門の家に生まれる。李樹廷は弘文館[1]の校理[2]出身の官僚で、壬午軍乱の際に、明成皇后を危機から救う。その功労者として高宗皇帝の配慮により、日本で遊学することになる。

というように、家柄がもともと良いもののようだ。アジアでも有数のキリスト教徒が多い国でもある韓国では、日本よりもこのように歴代の牧師に注目が集まっている。

以下、韓国語のサイトでも、私と同じような記事を作っている人がいた。(日本語で書いている模様)→1883.5.13 李樹庭


⑧押川方義



生年月日 1850年1月17日
没年月日 1928年1月10日(76歳没)
出生地 愛媛県松山市
出身校 
職業 キリスト教宗教家、牧師、教育者、政治家

押川方義は、日韓同志組合代表者の一人とされている。また、二男は、プロ野球の生みの親である押川清。→いろんなところで繋がってるんだね…。

また、顔が薄いながらも、濃いといったタイプのイケメンかもしれない。


⑨上原方立



生年月日 1860年7月23日
没年月日 1884年10月14日(24歳没)
出生地 熊本県八代市
出身校 熊本洋学校
職業 牧師

上原方立は、熊本バンドの一人。1884年9月に結婚するが、10月に河内の腸チフス患者を見舞いに行き、自身も腸チフスに感染し急逝した。


⑩浅川広湖



生年月日 1858年
没年月日 1916年
出身校 沼津兵学校
職業 牧師、英語教師

浅川広湖はもと猿岩石の有吉弘行に似てると思ったのは私だけ!?( ´艸`)→写真が小さすぎてよくわからないけれど…。出身地は不明。沼津周辺なのだろうか。


⑪加藤勇次郎



生年月日 1857年11月26日
没年月日 1934年1月16日(76歳没)
出生地 熊本県菊池市
出身校 熊本洋学校、同志社英学校、マサチューセッツ工科大学
職業 牧師、教育者、技士、実業家

加藤勇次郎は、熊本バンドの一人である。一番上の集合写真では、前から3列目の左から2人目。


⑫金森通倫



生年月日 1857年10月2日
没年月日 1945年3月4日(87歳没)
出生地 熊本県玉名市
出身校 
職業 牧師・伝道者・宗教家

現在政治の世界で活躍する石破茂金森通倫の曾孫にあたるそうだ。別名はポール・カナモリ。晩年は湘南の嶺山に隠居、原始的な洞窟生活をして「今仙人」といわれたとされている。


⑬横井時雄



生年月日 1857年12月2日
没年月日 1927年9月13日(69歳没)
出生地 大分県別府市
出身校 熊本洋学校
職業 牧師・教育者・政治家

横井時雄の父は幕末期に活躍した儒学者の横井小楠。私の苗字と同じなので親近感が湧いてしまう。顔の形も結構タイプかも~!?( ´艸`)

熊本バンドの結成に参加していたので、この記事の一番上の写真にも載っている。→前から3列目の右から3人目。

ちなみに、NHK大河ドラマの八重の桜(2013年)というで、黄川田将也が彼を演じている。


⑭山崎為徳



生年月日 1857年3月28日
没年月日 1881年11月19日(24歳没)
出生地 岩手県奥州市
出身校 熊本洋学校、同志社英学校
職業 宗教家、教育者

山崎為徳の顔写真を最初みたときは女?かと思ったけれども、息子と書いてあったので、男性のようだ。また、肺結核にかかり、京都市の新島邸宅内で死去したとされている。

私としては、戦前に活躍した人たちの中で、珍しく女顔のジャニーズ系を発見したという感じである。( ´艸`)


⑮浮田和民



生年月日 1859年1月20日
没年月日 1946年10月28日
出生地 熊本県
出身校 同志社英学校
職業 思想家・政治学者。法学博士

浮田和民の顔は非常に興味深い。最初ロシア人が混ざっているのか?とも思った。やはり熊本にこういう西洋人系の顔の人が多いのは興味深い。熊襲(くまそ)とか隼人とか言われている人たちに近い感じなのかもしれない。


⑯内村鑑三



生年月日 1861年3月23日
没年月日 1930年3月28日(69歳没)
出生地 東京都文京区小石川
出身校 東京英語学校、札幌農学校(農学士)
職業 教師、作家、新聞記者、出版社経営者、キリスト教伝道者

私は最初みたときアイヌ民族ではないか。とも思ったのだけれども、東京出身のようだ。けれども、色々な写真をみてもアイヌのような感じがする。ちなみに私はこの顔が結構好きで、顔の形、眉毛の太さや、骨の形が好きだ。

一番上の集合写真で、かっこいい!と思った人が、この記事を作成する過程で、内村鑑三ということも判明。→前から2列目左から5人目が内村鑑三。

目元の彫の深さときりっとした目が印象的。おそらくこの顔なので、当時かなりの存在感があったことは間違いない。

ちなみに内村鑑三・アイヌというふうに検索してみると、札幌農学校に通っていたこともあってか、アイヌ関連の内容が書かれていたブログも複数発見した。

https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/65769
http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20171215/p1

また、67際になった内村鑑三は、白人のおじいちゃんみたいな顔しているのも、気になる…。


⑰逢坂元吉郎



生年月日 1880年6月25日
没年月日 1945年6月10日
出生地 茨城県鹿島町
出身校 東京帝国大学(中退)、東京神学社、オーバン神学校
職業 牧師、神学者

逢坂元吉郎は、既存の教会に限界を感じ、民衆教会を提唱した人物である。

非常に男らしい輪郭をもった男性。存在感がありすぎる。しっかりした顎は、おそらく当時の女性にモテたのではないだろうか。

それにしても、インドネシアの大統領を思い起こさせる顔だ。→スカルノ大統領(デヴィ夫人が、第3夫人)

上の出身校からも分かるように、1908年に渡米してニューヨークのオーバン大学に入学して神学を学んだけれども、その数年後1911年に、イギリスに渡りニューカレッジで学んでいる。当時、ヨーロッパやアメリカに行くだけでも何日もかかった時代だということを考えると凄い。

1911年の航空機ってこんな感じなので(;^ω^)→1911年の航空


⑱安部磯雄



生年月日 1865年3月1日
没年月日 1949年2月10日(83歳没)
出生地 福岡県福岡市
出身校 ベルリン大学、ハートフォード神学校同志社英学校
職業 

なんだか、最初は女の子?とも思えた安部磯雄は、目が片方閉じてしまっているのが印象的な人物。ウィキペディアの晩年の顔を見てもその特徴は変わらない。

また学歴が凄い。ドイツ語もできたのだろう。

プロフィールには、1887年4月8日、岡山教会の牧師として赴任。また、1895年9月、牧師であるかたわら、私立関西中学校で教師をつとめる。と書かれてあった。

それより印象的だったのが、日本における野球の発展に貢献したことで、「日本野球の父」と呼ばれいるそうだ。それは、 早稲田大学野球部創設者でもあることからわかる。


⑲柏木義円



生年月日 1860年3月30日
没年月日 1938年1月8日
出生地 越後国与板藩
出身校 東京師範学校(東京教育大学、筑波大学の前身)
職業 牧師・教職

柏木義円は、日本組合基督教会の牧師。

若い頃の写真は、韓国人のように四角い感じがするが、晩年の顔はもっと丸っこくなっていた。ちなみに、韓国に2年位住んでいた経験からすると、この顔は韓国に多い…。→北陸だから、半島から渡ってきた人が多いのか?とも思ってしまったりする。

足尾鉱毒事件、廃娼運動、未解放部落問題、朝鮮人虐殺問題などの時代批判を幅広く行ったことで知られている。

ちなみに、②の海老名弾正に影響を受けて洗礼されたようだ。また、山川均(イケメン経済学者)に影響を与えたりもしている。


⑳賀川豊彦



生年月日 1888年7月10日
没年月日 1960年4月23日(71歳)
出生地 兵庫県神戸市
出身校 神戸神学校
職業 社会運動家、牧師、議員

賀川豊彦は、

戦前日本の労働運動、農民運動、無産政党運動、生活協同組合運動において、重要な役割を担った人物。日本農民組合創設者。「イエス団」創始者。
キリスト教における博愛の精神を実践した「貧民街の聖者」として日本以上に世界的な知名度が高い。
という記述がウィキペディアにあったのだけれども、この記事の30人の中でもとびぬけて、ウィキペディアの多言語版の記事も多い。つまりいろんな言語に訳されているということもあって、世界中で知名度が高いということになる。


㉑笹尾鉄三郎



生年月日 1868年9月30日
没年月日 1914年12月30日(46歳没)
出生地 伊勢安濃郡古河村(現・三重県津市)
出身校 慶應義塾、パシフィック商科大学
職業 牧師・伝道者・神学校教師・説教家

笹尾鉄三郎の顔は、日本の平均顔から少し離れているような気がする。白人?ロシア系?なんだろう、顔の形がモンゴロイドっぽくないようにも思える。

また、この時代では珍しく海外留学をしているところも注目。1888年5月、アメリカに渡り、ダージ牧師の家にハウス・ボーイとして下宿し、その後、カリフォルニア州サンノゼのパシフィック商科大学に入学した。

とプロフィールには書かれてあった。


㉒好地由太郎



生年月日 1865年
没年月日 不明
出生地 千葉県金田村
職業 牧師

好地由太郎は、1882年に17歳で奉公先の女主人に対して性的罪を犯し、それを隠蔽するため殺害・放火して逮捕され、死刑を宣告されるが、未成年のために無期懲役刑になる。という、かなりすごい経歴を持っているとされている。

写真は、出獄時のものらしい。

㉓小山宗祐



生年月日 1916年1月21日
没年月日 1942年3月23日(26歳没)
出生地 和歌山県牟婁郡田辺町江川本町
出身校 東京聖書学校
職業 牧師

小山宗祐は、ものすごい若さで亡くなってしまった。また、日本の警察の発表では獄中で縊死自殺したとされたが、遺体に酷い拷問の痕があったため、官憲に拷問で殺されたとも言われている。と書かれていた。


㉔竹入高



生年月日 1902年12月9日
没年月日 1943年11月21日
出生地 岡山県赤磐郡熊山
出身校 柏木聖書学院
職業 牧師

竹入高は、TOKIOの松岡昌宏に似ているような気もする…。



㉕青山準二郎



生年月日 1853年10月5日
没年月日 不明
出生地 新潟県長岡市与板
出身校 東京一致神学校
職業 牧師

テストステロンが強そうな顔?というのが、すぐさま私に思い浮かんだ答え…。青山準二郎は、顔の形が凸凹しすぎて、まさに男!という感じだ。


㉖坂本直寛



生年月日 1853年10月5日
没年月日 1911年9月6日(57歳没)
出生地 高知県安芸郡 
出身校 立志学舎
職業 牧師

100年以上も前の人の写真を見るものまた不思議な感じがする。実は、坂本直寛は、坂本龍馬は叔父に当たる。兄・坂本直は龍馬の養嗣子。と言われている。

この堂々とした感じの、オトコ!っていう感じがまた渋い。


㉗富永徳磨



生年月日 1875年10月19日
没年月日 1930年4月30日(54歳没)
出生地 大分県南海部郡佐伯町
出身校 鶴谷学館
職業 牧師、思想家

富永徳磨の顔は、この中でも一番目を引くものかもしれない。というのも、ジャック・マー(アリババの会長)の顔に、非常に似ている。ちなみに、鳩山由紀夫さんの顔にも少し似ているかもしれない。いずれにしても、人と少し変わった顔というのは、いろんな面で得をするのかもしれない。


㉘中田重治



生年月日 1870年11月20日
没年月日 1939年9月24日(68歳没)
出生地 青森県弘前市北新寺町
出身校 東奥義塾、東京英和学校(中退)、ムーディ聖書学校
職業 監督・福音使(牧師)・大衆伝道者・巡回伝道者・宗教家・説教家・翻訳家・賛美歌作家・神学校教師・神学校校長(院長) ・実業家・ジャーナリスト・神学者・日ユ同祖論者

なんじゃ、職業がかなり多い。しかも、日ユ同祖論者というところが一番目につく!面白い!

中田重治は、左側。アイヌというよりも、東南アジアのマレー系のような顔をしている。晩年を顔も見ても、丸っこくなっており、マレーシアにいそうな感じにも見えた。

出身が青森県弘前市という部分が、気になる。当時、青森は蝦夷(えみし)と呼ばれる地域で、朝廷に逆らっている人たちが集まっていたといわれているので…。

「世界に存在していた国 TOP10に、日本の「蝦夷共和国」がランクインしていたことと、東北の蝦夷とアイヌの関係」

右側がまた違った意味で濃い顔をしているのが気になるのだ。三谷種吉という人物なのだけれども、こちらも晩年の顔はマレー人っぽくなっている。

老けると誰でもマレー系になる!?( ´艸`)


㉙中山昌樹



生年月日 1886年4月10日
没年月日 1944年4月2日
出生地 石川県金沢市
出身校 明治学院
職業 牧師、神学者、翻訳家

中山昌樹は、ヨーロッパ中世に関心を持っていた彼は、まずダンテ・アリギエーリの『神曲』と『新生』を翻訳した。といわれ、牧師というよりは、翻訳家としての功績のほうが強調されている気がする。

この当時、西洋の文化に関心を持つものには、キリスト教に改宗していた人も結構多かったのだろう。


㉚沢山保羅



生年月日 1843年2月12日
没年月日 1890年1月23日(46歳没)
出生地 東京都千代田区神田
出身校 アマースト大学、アンドーヴァー神学校
職業 教育者、宗教家

新島襄は、江戸時代の1864年(元治元年)に密出国してアメリカ合州国に渡り、そこでキリスト新教に入信して神学を学んだ。という、大胆な行動を取った人物。

友人から貰い受けたアメリカの地図書から、アメリカの制度に触れ、憧れを持つようになったのがきっかけともいわれている。

妻、新島八重の写真もウィキペディアにあったり、両親の写真(新島民治→上品な感じ…)も残っていたり、この記事であげた人物の中でも、家柄が良いほうなのか、家族のデータも写真とい形で、結構残っている。


以下、おまけ。当時の好青年集団!?



植村正久の写真から。

以下にもイケメン候補はいくらいたけれども、TOP30入りはせず…。なので、名前だけ載せることにする。

安藤喜市下村孝太郎石原保太郎大儀見元一郎沢村五郎栗村左衛八杉山元治郎田川大吉郎蔦田二雄蔵原惟郭

Reference Site
Category:戦前日本の牧師
Category:明治時代の牧師

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なぜ「熊本バンド」出身者にはイケメンが多い?戦前の牧師(キリスト教徒)美形男子 TOP30 なぜ「熊本バンド」出身者にはイケメンが多い?戦前の牧師(キリスト教徒)美形男子 TOP30 Reviewed by よこいりょうこ on 11月 11, 2018 Rating: 5

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