2016/08/07

天安門事件後、世界で孤立した中国を天皇皇后両陛下の訪中が救った?



日本では最近忘れられた感のある天皇皇后両陛下の訪中。これは天皇陛下が皇太子時代の時ではなく、天皇に即位後のことです。

このような天皇皇后両陛下の訪中写真もあまり日本には出回っていないような気がします。これは、おそらく欧米のメディアが撮った写真だと思われます。外国語のサイトからみつけました。

1992年といえば、日中国交正常化20周年。しかも、日本の天皇が初めて中国を訪問したということで、中国では大騒ぎ。ちなみに両陛下が訪中されたのは、1992年10月です。(平成4年10月23日~10月28日)

以下は宮内庁のページ
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gaikoku/gaikoku-h04-china.html

余談ですが、
1992年8月24日に、韓国が中華人民共和国と国交樹立しています。(両陛下の訪中前)

なぜ、中国では両陛下のご訪問が歓迎された?

それはまず第一に、今まで日本の天皇が中国を訪問したことがなかったからです。

仮に、昭和天皇が訪中したことがあったのなら、これほどにも大きな話題でもなかったかもしれませんが、なにせ戦後、しかも日本の天皇が初めて中国を訪れる。

これは当時、天安門事件で孤立していた中国にとっては、世界をも驚かせるニュースだったのです。


(楊尚昆国家主席と握手する明仁天皇)

なぜ、天皇陛下の訪中が世界を驚かせたのか?

以下は私の考えですが…。まず、そのときの世界の経済規模を考えてみたいと思います。

当時 (1990年) の日本の GDP を考えてみましょう。

5,979.592
3,103.698

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_countries_by_largest_historical_GDP

日本は米国の約半分のGDPがあり、しかも世界では2位で日本の時代といわれていたころの最後のほうです。バブルがはじけたあとですが、依然として日本の国力は今よりも存在感があった時期です。

2015年と比較すると、それは歴然。

18,124.195
  4,116.242

日本の GDP は米国の4分の1まで減ったのですから。



豆知識。。

この写真に映っている人は、楊 尚昆(よう しょうこん、ヤン・シャンクン)第4代国家主席です。(1989年11月 – 1993年3月まで国家主席でした)この当時は、党総書記である元首が江沢民のほうが実際は権力があり、

今でいう、国家主席の習近平がTOPというのとは体制が違ったようです。

ここで理解するべきこと。それは天安門事件というものは2つあります。そして、多くの人たちがこの2つの天安門事件の違いを説明できないという点。

その第一次が、

1976年4月5日に周恩来が死去したときに発生した四五天安門事件(第一次天安門事件)

第二次が以下の天安門事件です。

当時(1989年4月15日 - 1989年6月4日)、この第二回目の六四天安門事件(第二次天安門事件)の結果、

中国の一般民衆が多数虐殺され、中国は西側諸国から経済制裁を受けたとされています。その後、天皇陛下が訪中したことで、西側諸国からの経済制裁がなくなったような記事をよくみかけるのですが、私が中国の GDP を調べてみたところ、あまりそれが効果をもたらしたとは思えないのです。

https://en.wikipedia.org/wiki/Historical_GDP_of_China

というのも、1993年といえば、天皇皇后両陛下が訪中された1年後となるはずなのですが、その GDP といえば、少し上がったものの、1994年には下がっているからです。もちろん、当時の状況を私は詳しく知っているわけではないので、その主張を否定することはできませんが…。



天皇皇后両陛下が当時孤立していた中国を訪問したのは、もちろん日本が天安門事件を許容したという風に思われてしまう。当時日本ではこの両陛下の訪中が、相当反対されていたそうです。

この両陛下の訪中により世界における中国への経済制裁が解除されていったのは、間違いないと私は思います。(もう少し調べる必要があり)

少なくても、1つのきっかけであったことは間違いないと思います。



(天皇陛下と江沢民)

いずれにしても、この中国で初めて天皇皇后両陛下が訪れた歴史の一幕を知る日本人はあまりにも少なすぎるため、より私も理解してこの記事で実情を発信していきたいと考えています。

それにしても、この記事を書いていて思ったのですが、

当時もし中国が反日的な態度であったとしたら、当然天皇皇后両陛下が中国に行くというのは考えにくいと思います。

調べてみると、この愛国主義的な教育をはじめたのが、江沢民だからです。いろいろな意味で、中国の近代史を理解するのに、重要人物となる江沢民。


(江沢民氏の若い時の写真。誰にでもわかいころってあるんですよね・・。真面目そう!w)

江沢民政権は1994年に「愛国主義教育実施要綱」を制定し、「抗日戦争勝利50周年」にあたる1995年から、徹底した反日教育を推進していった。とされています。(ウィキペディア情報)

ウィキペディアでは、信ぴょう性がないと思われる方は、以下の国立国会図書館に保存されている資料をご覧ください。このPDFの3ページに記されています。

http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/200412_647/064705.pdf

この3ページには、

「愛国主義教育実施要綱」 は1994年8月23日、 共産党中央宣伝部により制定された。

のように書かれています。

中国で反日教育がはじまったのは、およそ20年前くらいということになりますね。私が6歳くらいの頃かしら。

つまり、この江沢民氏が、現在の日中の状況を作り出したことに貢献しているうちの一人とも言えそうです。天皇皇后両陛下を中国に招待しておいて、その二年後に反日教育を徹底させるといったこと・・。すごいですね。

でも、私は中立的な立場から言わせていただくと、現在の私の知識では、あまりその当時の中国の状況も知らないので批判もできません。(感情論では真相はみえてこないので)

ですが、日本が中国にそういう教育を行っていないということから考えれば、これは到底許容できるものでもありません。



以下はニューヨークタイムズの記事。(こんな古い記事がネットで公開されていました)
http://www.nytimes.com/1992/10/24/world/japan-s-emperor-tells-china-only-of-his-sadness-on-war.html

それにしても、天皇皇后両陛下のまわりにはものすごい人だかりですね…。まさか万里の長城にまで行かれたとは思ったこともなかったのでびっくりです。

中国の歴代国家主席などの情報は以下でご覧になれます。

https://en.wikipedia.org/wiki/Paramount_leader

英語圏で撮影された動画はみつかりませんでしたが、当時日本のメディアが報道した動画を1つだけみつけることができました。

また何かより詳しく映っている動画がありましたら、この記事に追加いたします。



以下は中国人が中国語で書いた両陛下の訪中に対する記事
http://www.08160.cn/guoji/24835.html

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