ノマド視察・ノマド滞在記

二回目の京都生活が、失敗だった理由

2023年11月5日

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二回目の京都生活が、失敗だった理由

2023年11月5日

2023年の夏はモンゴルがメインだった。

ウランバートルで3ヶ月アパートを借りて、その後、ハンガイ山脈周辺の4都市を回った。

「悪夢?ハンガイ山脈周辺(モンゴル中部)の4つの都市に10泊した話」

モンゴルの田舎をナメたらあかんでー。と現地の人に言われたが、まさに私は体調を壊してしまい、思い通りに行きづらい旅となってしまった。

けれどもそこで実際に見たり感じたものは、私がずっとブログや映像でも探していても見つからなかったものばかりで、大変貴重な財産になった。

そんな感じで疲れ果てた私は、とりあえず早めに日本に一時帰国して静養することに。

今回は再び京都へ。2021年にウクライナから帰国後以来なので、2年ぶりかな。

この記事では1回目の京都のことと2回目の京都、どちらも書いていきたいと思う。

 

①1回目の京都(2021年)=京都駅南側=ウクライナ生活後

1回目の京都プチ生活は2021年だった。この時、南トルコとウクライナでの数ヶ月のアパート生活の後だった。

コロナ禍ということもあってか京都駅南口から少し歩いたところのアパートを割と格安で借りられた。

京都なのでアパートやマンションは低層の物が多く、窓を開けると景色は見れない。私は京都の前にはウクライナの超高層マンションから市内を一望している生活をしていたので、なんとも閉鎖的なお部屋に閉じ込められたかのような気持ちだった。

「ノマドの生活目線で見たウクライナ第2の都市「オデッサ」。高層マンションでも格安生活?」

それを除けば割と内装はよいワンルームだったので快適にレッスンや言語学習に励むことができた。

なんといっても私がいた九条駅あたりは東に行けば鴨川でゆったり散歩ができて、東福寺(京阪)からは淀屋橋まで一本で行け、京都駅周辺にはドンキホーテがあるので夜もお散歩できるし、イオンモールの食品売り場はこの立地にありながらお手頃でしかもそこに大型書店の大垣書店もあったので、このエリアは非常に快適だった。

ここで生活しているとちょっと都会が恋しくなった時に河原町の人混みに行ったり、1ヶ月に1度くらい大阪に行くくらいでいいかなという感じになると思う。

そして京都駅西側にある梅小路公園というのはまさに楽園だった。非常に居心地の良い公園。

という感じで1回目の京都はそれはもう素敵な1ヶ月だったのである。

※京都人の間では京都駅南は京都ではない。とか、危ない人が多いなどと数十年前?は言われていたがそんなことは決してなく、どう考えても快適な地区だった。

ちなみにこの京都のお部屋では、ペルシア語レッスンの生徒さんが初めて入ったので、ペルシア語に専念。

またヨーロッパ在住のtwitterで仲良くさせてもらっていた方からのドイツ語レッスンなども入ったので、ドイツ語文法の整理、そして文法書の写真化に専念していた。

 

②2回目の京都(2023年)=太秦駅南部=モンゴル生活後

太秦地区になんと6万円程度のマンスリーを発見。京都は観光客は多く来るのに長期滞在者は少ないので中心部から離れたところだと割とこういう物件が見つかると言うことも今回知った。

さて、前回京都駅南部にいた時、嵐山の方にも遊びに行ったので、次回は太秦に住みたい!と憧れていたが、一度住んでみると、こんな不便な場所ないし、あまり好きにはなれない土地だった。

太秦駅周辺は京都の碁盤の目(グリッド線)からは外れていてものすごくごちゃごちゃ。また坂もあり、近くのコンビニに行くのにも住宅街をぐるぐる回らなければならないと行けない場所があったり、直線的に行ける場所を遠回りしなければならない感じが嫌だった。

また道路が狭いのは京都らしくていいのだけど真夜中は人が全然歩いていなく、夜散歩しようと思っても歩いてると不審者に見られるのではないか?というような雰囲気が漂っていたのと、

なぜかこの地区には南アジア系の人たちが多く、コンビニはスリランカ人?集団の南インド人が歩いていたり、宅配便の人が日本人?と思ったが顔がどう考えてもスリランカ人だったりと不思議だった・・・。

わからない。この宅配便の人はどう考えても仕草も日本語レベルも日本人だったのでこの土地で受け継がれた顔?なのかとも思ったり・・。

また嵐山は前回の京都生活で観光したので今回は行かなかった。地図では近いように見えても往復4kmはあるし、今の時期は電車に乗って京都方面に行く時も電車の中が外国人観光客でいっぱいだったので、そんなゴミゴミした嵐山には行くメリットはないと思っての判断だ。

 

③太秦で取り組んでいた事

9月くらいからアパートを借りて、1ヶ月間はほとんど部屋にこもっていた。というのもウランバートルでは20-25度くらいの快適な夏を過ごしていた私にとって、湿度も高く35度くらいにもなっていた京都は夜散歩するのもかなりハードだったからだ。

コロナ禍でさえもこんなに外に出なかった期間はなかったのでは?というくらい外に出なかった。

多言語日記の構築(事実関係日記)

体重2kg取り戻す

衛星都市の視察

京都タワーでの撮影

ずっと作ろうと思っていた生まれてから今に至るまで、どこに行って何をしたのかという感情をいっさい除外した事実関係日記をロシア語で作成。それをもとにアラビア語にも派生させていくという作業をしていた。

記憶の整理にもなるし、普段自分が日本語でポンポン出ててくる表現をこの二つの言語で言えるようにしたいという強い願望からである。

またモンゴルでは体重が減ってしまったので、増やすために適度な筋トレとダイエットで2kgは取り戻した。

視察に関しては、前回は大津市をみてきたので今回は亀岡、山科の視察をした。

これら3つの京都衛星都市?が好きなのだけど、山科が割と気に入った。

大津は湖もあり散歩する場所もあり亀岡はこんなところにいい感じの田舎があったの!?という感じ。

山科が気に入った理由は山科駅からまっすぐ南方面に道路があり、ここをまっすぐ歩くことができる点と、山科駅の本屋、ドンキホーテ、スーパーなど非常にわかりやすく配置されていて、かつアパートの価格も安いということだ。

ちなみに京都は何回も遊びに来てるのにタワーから眺めたことがなかった。

この写真はキョウトタワーから北側を撮影。右上に河原町、左下に東本願寺がある。

京都駅中心部は人口密集エリア以外はまっすぐ歩けるので非常に快適だった。日本に長期的に戻る場合は、中心部にアパートを借りるのもありかもしれない。

このまっすぐに伸びる道路、見ていて非常に気持ちが良い(笑)。

 

④グリッド線上で生きるという事

今回太秦というグネグネ迷路のようになったところで生活していた経験から、私がいつも旧ソ連圏のビシュケクだったりジョージョアのバトゥミが大好きなのは町全体がグリッド線のように作られているためだということに気付かされる。

どこに住むか?ってこれほど人に影響を与えるのかということを改めて感じた。

私は断然ビシュケクのようなグリッド線の上で生きていくことが向いているのだと実感。

考えてみれば北海道の実家のある街も、北がどっちなのか分かりにくいし、東京にいた10年間も、北がどっちか分かりにくかった。

それが嫌で関東在住時は銀座やみなとみらいのような街に繰り出していたのである。

その中でも日本で言えば東西南北通りにグリッド線になっている大阪が私の大のお気に入りである。

なので日本帰国時はだいたい大阪の中心部にいることが多い。

今後はグリッド線の街を開拓することが多くなりそうだ・・。

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