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2回目のモンゴル(ウランバートル)生活(3ヶ月)の中身

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2回目のモンゴル(ウランバートル)生活(3ヶ月)の中身

モンゴル。それは私にとってはもう何物にも変えられない国になってしまった。

何。何がそんなに魅力的なの?

そりゃ魅力的なところは山ほどある。それは記事の一番下に書くことにするとして、この記事ではこの3ヶ月間の間に起きたことなどを時系列に書くとともに、

生活の内容なども公開していきたいと思う。

以前(2019年秋)にきた時は初めてのキルギス2ヶ月生活の後に2週間ほどアパートを借りただけだったが、今回は割と長期だったので今まで見えてこないものも見えてきたりして、モンゴルが本当に好きなのだと確信。

「西洋化の真っただ中?モンゴルの「ウランバートル」に1ヶ月住んでみた件」

そういう部分も、振り返りとして書いていきたい。

ちなみに、これウランバートルの動画だけど、日本人が思っている以上に大都会になってるよ・・。

ウランバートル(夜景の動画=意外と都会)

 

①空港→最初に泊まったホステルからアパート契約まで

アルマトイでの高級アパート生活は終了し、アルマトイ→ウランバートルの4時間くらいのフライト。実質これって札幌から沖縄くらいの距離。国境がなければモンゴル西部からウランバートルに行く感覚に近い。

今回片道4万円くらいだったが普段は8万円くらいする割高な路線。この路線が気軽に行き来できる価格帯になってくれたら私としては楽なのだけど・・。

「大嫌いだったアルマトイが好きになれた理由と、その1週間の中身」

さて空港に到着。前回(2019年)は旧空港。この地図で言えば市内の近くにあるまるい部分。

チンギス・ハーン国際空港(新空港)は旧空港よりも市内から遠いが、ミニバスのようなものも運行していて1000円くらいで市内まで行ける。

市内に入ると渋滞が始まりそこから目的地までは1時間かかるが、市内手前の高速道路までは30分くらい。

大体合計2時間みるのが普通。

2500円くらいだったかな。一人部屋。しかも大きい風呂もついている。

5月18日くらいで、ウランバートルではまだ雪も少し降っていた。

暖かい日と寒い日がバラバラな時期で、アルマトイでポカポカ春を感じていていて、シムケントでは30度近くになりかけていたということもあって、なんだか冬に戻るような不思議な感覚だった。

2023年、ベトナムのフーコック島へ母との久しぶりの旅行以降の移動はこんな感じ。

「フーコック島【2泊3日】(ノマド調査)。長期滞在に向いてる?」

だからまだ寒かったのだ。

雪の降る中、泊まっていたホテルから、ラマダホテルのロビーまで移動。

— MULTILINGIRL♬ / 海外ノマド6年目 / 英語メンター9年目 (@_multilingirl_) May 19, 2023

2019年もお世話になった年下クン?(結構私よりしっかりしてる人。。)が車で迎えにきてくれた。

そして部屋探しまで全部してくれた。一緒に韓国料理を食べ、その日は終了→お部屋はオーナー(私よりちょっと年上)の子供たちがみんなでお掃除。。

30万円くらいドカーンと支払って終了。とはいっても日本のように一万円札がなく、800円くらいの金額が一番大きいお金で、数えるのが大変だった。ここはウランバートルについてから最初の壁だった。

 

②3ヶ月借りていたアパート

写真はアパートを退去した日のツイート。こういうお部屋に3ヶ月間住んでいた。

以下は料金の内訳。

1ヶ月の家賃は、72500円

当初ベッドや布団がなかったので、ベッド 1500000トゥグルグ(=59318円)+ マットレス6000円=65000円くらい。をオーナーが新規に買ってくれた。

290000円➗4🟰72500円の家賃に、上記のベッドや光熱費も込みということと考えれば良い。

Airbnbなどでは普通に10万円くらいするお部屋なので安いと思った。

とはいっても、最終日にアルミホイルを貼っていたガラスが熱割れしてしまっていたので、ガラス代金を25117円払う。

それでも、毎月ガラス代を払っていたとしても、8372円だったので、つまり今回1ヶ月あたりにかかった家賃は8万円ということになる。

なかなか体験できないウランバートルでの3ヶ月生活にしては非常に安いと私は感じている。

アパートがあったエリアはダウンタウン(中心部)より左上のエリア。

ウランバートル駅がずっと南に歩くとあり、鉄道に乗る時はほぼ歩いて20~30分かけて行っていた。

また、ウランバートル駅の上のほうにあるGrand Plazaのある交差点にはラマダホテルがあり、ここが空港雪のバスが出るところなので、割と私がいたアパートのエリアは便利だった。

そのアパートのある交差点付近も軽い繁華街っぽい感じになっていてウランバートルにあるいくつかの中心部の一つだったのだと思う。

 

③1ヶ月の区切りとして展望台へ

友達のヘルプでビザ1ヶ月延長も終了し(オンラインだと何度もダメ出しを食らったが、実際に赴いて申請するとあっという間に終わる)

中央アジアを転々と飛行機で移動していた疲れから最初の1ヶ月間はアパートに籠ってレッスンだったり語学をやっている日々だった。

ちょうど1ヶ月がすぎた頃、区切りとして展望台へ。

そもそもこの展望台はウランバートル在住者のモンゴル人にもあまり知られていない

。私がプライベートのインスタに載せるとモンゴル人の友達からここどこ?とたくさん来たし、ザイサンという山からの景色には多くいくが、この展望台はスラム街を歩いて越えなければならないのでなかなか地元の人しかいない。山を登る時、縄張りを持つ犬の集団がいて少し怖かった。

 

④2ヶ月目の区切りとしてのザイサンからの景色

ここに来たのは2019年以来なので、4年ぶりくらいだろうか。夕方のいい時間帯に写真撮影にきた。

以前とは見え方がずいぶん違ってすごく綺麗だと思った。

ここを区切りに中国へのビザラン。そして気候的にも旅行日和になってきたので、ウランバートル以外の地方都市に行きまくる行動が始まる。

 

⑤モンゴル東部3都市(ウンドゥルハーン、チョイバルサン、バルーン・ウルト)

「モンゴル東部(3泊4日)での移動ルートと泊まったホテルや、ノマド目線での感想」

 

⑥3ヶ月目は東モンゴルの3都市と、ダルハン、エルデネトへ

「モンゴル第2の都市「エルデネト」「ダルハン」2泊3日で感じた事(ノマド調査)」

 

⑦大変だったビザ事情

一番大変だったのがモンゴルに長期滞在するということであった。ここは数年後に改善されるということを願うばかりだ。

1ヶ月が経つ前に1ヶ月のビザ延長→オンラインでやったがうまく行かず、1時間かけて郊外の移民局で申請

中国ビザ申請→予約をして大使館に行き、非常に面倒(ウェブ上に入力することも大変)

1回目のビザラン→12-15時間の鉄道+入国審査5時間待ち

中国ビザ申請→二回目の申請なのでプロセスがわかっているため割と楽だった。

2回目のビザラン→12-15時間の鉄道+入国審査5時間待ち

もうごめんだ。というレベル。

私がちょうどウランバートルを離れる間近くらいにロシアが2週間くらいの電子ビザを発行することになったので、それを試しに取ってみた。今後は、これでビザランをしたほうが容易。

モンゴル人は日本に3ヶ月いられるのに、日本人は1ヶ月しかいられないなんて。ということがずっと頭に思い浮かんで、どうにかしてほしいと思っていた。

※韓国人とアメリカ人は3ヶ月いられるのに。。

ちなみにモンゴルでのトラブルに関する記事は以前書いた。

「罰ゲーム国家「モンゴル」生活で起きたいくつかのトラブルや不快な出来事」

 

⑧食べていたもの。食材事情など

私が食べていたものは、以下。

米=韓国産

わかめ、味噌=韓国産

豆腐=モンゴル産(これレベル高い)

野菜=中国産

リコッタ=南イタリアで作られる乳製品(ベラルーシ産)

こんな感じである。

移動が多い時期は、ケンタッキーで肉やポテトを食べたりもした。またほとんど食べることのない韓国産のカップラーメンも食べるものがない田舎などでは食べたりも。

韓国製品が充実していることとと、モンゴル人にとって韓国料理がモンゴルの大衆料理化していることもあり、スーパーには肉だけでなく日本人が食べれるものもたくさんある。のでキルギスよりもさらに食事的な意味で言えば楽だと感じた。

 

⑨最終日

「悪夢?ハンガイ山脈周辺(モンゴル中部)の4つの都市に10泊した話」

この出来事も終わり、ウランバートルに格安の宿を1泊借りる。3500円くらいだっただろうか。現在のウランバートルではこの価格が最安値である。

ドミトリーでさえ割と高い。特に夏なので・・。どこも強気価格。

まだまだ調子の悪い体は動いてくれず、友達の働いているカシミア工場に行く予定だったが、それもキャンセルした。

また、ハンガイ山脈周辺の都市に行く前にいろいろ助けてくれた同年代くらいのモンゴル人男子とちょっくらい再開して、お別れ。

この歳になって、いろいろな出会いがあり、また現地の人が日々感じているストレスも体験。

かなり複雑な3ヶ月間(多くのことがありすぎて)だったが、大変貴重な記憶となった。

 

⑩今後の計画

おそらく今後、何度も来る国になると思う。次回は学生ビザなどでモンゴル語会話を身につけながらの生活を体験したい。

以下にも書いたが何年もノマドをしていて自分が気に入っている国の5本の指に入るのである。

「5年間のノマド生活で、住み続けたいと思った国々とその理由」

その理由は、

モンゴル人が好きだと悟ったこと。

モンゴル語の響きが独特で好きなこと。

外国人があまりやってこなく、人口が少ないのに一つの民族性が維持されている珍しい国だということ。

物価が安いこと。→もちろん(笑)

-ウラル・チュルク・モンゴル系言語, ノマド視察・ノマド滞在記

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