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南キルギスの「オシュ州」で訪れた5つの町と、1ヶ月借りたアパート

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南キルギスの「オシュ州」で訪れた5つの町と、1ヶ月借りたアパート

オシュ(キルギス)で初めて生活したのが2022年9月。ロシアの東から西まで2ヶ月ちょっとで6都市を生活してみるという大掛かりなことをした後だった。その事は以下にまとめた。

「オシュ(キルギス)1ヶ月目に借りたホステルのお部屋と、数々のトラブル」

モスクワからドキドキしながら乗った飛行機でオシュに行き最初はホステルで1ヶ月住んでいたが、腹痛など色々なトラブルも経験して、結局オシュがかなり気に入ってしまい2ヶ月目は現地の友達の力を借りてアパートを借りることに。

この記事ではその2ヶ月目に取り組んだことや、1ヶ月目のオシュ生活からちょこちょこ訪問していた周辺の町についても合わせて書いていきたいと思う。

 

①7万円で借りたアパート

動画でも公開したがオシュ市内ではかなり見晴らしの良いアパートを借りた。おそらくこの市内でもかなりいい物件のはずである。そもそも手軽に外国人も利用可能なAirbnbなどではオシュの物件が全然なく現地で偶然知り合った日本語が堪能な友達の協力で借りることができた。

それでも一緒にいろんな物件を探して下見をするなど結構大変だったけどね。

さて1ヶ月目のオシュ生活はホステルの中にある一人部屋だったのでキッチンに行くときなど人と顔を合わせるのも面倒だったし共有のキッチンは必要なものがあまりなく外食が多くなっていたが今回は完全にプライベート。やはり1ヶ月目とは全然気分が違う。またアパートは中心部のバザールから非常に近いところにあり快適だった。

ではでは、以下取り組んだことや、周辺の都市に行ったことなどを書いていきたいと思う。

※一応、twitterに投稿していた動画もも使ったので動画も載せておく。

 

②ロシア語学校に通った事と、オシュでの料理開発

キルギスで一度やってみたかったことの一つにロシア語のレッスンを対面で受けてみるということだった。私自身が生徒数25名ほどいる状態だったので忙しく、何度かその先生のレッスンをキャンセルしてしまったが、生徒側の気持ちがわかったり、ロシア語における私が苦手な数字や、言えていないフレーズなどを強化できたり、とても良い経験となった。

その時の体験談は以下にまとめた。

「キルギスのオシュでロシア語学校。1ヶ月7500円で体験してみた話(英語学校情報もあり)」

そして日本人が生活体験をしたとほとんど聞かないオシュにおいて自炊でどれだけやっていけるのか?が知りたく、スーパーで売っているものを細かくチェックしたりご飯を炊いてみたり色々試行錯誤した結果、韓国食材は割と多いので、ご飯を炊いて味噌、野菜などを使えば割とストレスにならない程度の料理は作れることも今回体験できたので次回またこちらに長期滞在できるという確信になった。

 

③オシュは近郊に回る都市が沢山ある

オシュは30万人程度の都市ながら郊外も合わせると100万人近くになる。なのでビシュケクの100万人とさほど変わらない。といえば大袈裟かもしれないが、ビシュケクのように都市の中だけで済ませるよりも周辺の小さな村や、そこそこの数万人規模の都市を移動する人にはちょうどいい街。

私が今回訪れたのは以下。

ウズゲン

グルチャ

キジル=キヤ

ジャララバード・アルスタンバブ

カラスー(オシュから一番近い)

ビシュケクよりもキルギス語の使用率が高いエリアであり、また誰かの車に乗って郊外に出るスタイルでもあるためビシュケクにいる時よりも確実にキルギス語を使う機会が増える。のでまた次回行きたいと思いながら、では以下それぞれ簡単に書き残していこうと思う。

 

④ウズゲン(1都市目)

オシュ生活1ヶ月目から徐々に私は田舎を回るということをしていた。その第一弾がウズゲン。街の中心部にUzgen Minaret(ウズゲン塔)がありそこが観光スポットになっている。このミナレットは、キルギスの50ソム札の裏に描かれている。

オシュに滞在する外国人がまず行くところといえばここだろうか。私は今回キルギス人ということにしてキルギス人価格で入れた。11世紀くらいにできた建物らしく、キルギス人が作った建物かは不明。

ウズゲンは6.2万人(2021年)ほどの人口で、中心部のバザールは活気があった。またオシュにもあるグローブスという割と何でも売っているスーパーもあり、中心部は小さく少し歩けば郊外に出られ川も多いことからオシュ市内よりも自然と調和しながら暮らせる場所と感じた。そしてバザールは人口密度が高く若い人が多いので意外と都会に感じるのも面白い。

で、次に少し郊外にある馬の競り場所?みたいなところにいったがもう終わりに近くなっていた。倉庫に入ると20代の男子たちが。やはりモンゴル人を黒くしたような大変日本人には親しみやすい外見の男性もいて、タイムスリップしたのか?と思ってしまうほどだった。

そこで出会った男性が印象的すぎて忘れられない。という経験をした。生まれた場所が違っただけでこんなに違う運命になるのだという感覚。→ものすごく日本にいる顔立ちだったので・・。写真を載せたいが、これは自分の中だけにしまっておくことにする。

 

⑤ゴルチョ(グルチョ)(2都市目)

次にグルチョ。ここはオシュからタジキスタンのパミール高原のほうに向かう時に通り道でもあるのだけどあまり観光客が来るようなところではない。人口は1.4万人(2023年)ほど。私はこの街が非常に気に入った。

特に子供たちがすごく懐いてきて、一人ビシュケク(都会)からこの田舎にやってきた子供がいたのだけど、その子供がロシア語が堪能で私の友達にすごく懐いていた。そのほかのグルチョの子供はもちろんロシア語なんて話せない。

そして友達がその子供達になぜロシア語を話せないの?とわざと聞いてみると、だって俺らはキルギス人だもん。という答えだった。これが子供の正直な回答である。けれども社会人に近づくにつれロシア語を学ばなければならない現実に直面する。こういう部分をこの街では改めて知った。

公園に出ると中学生くらいの若い男子が我々と話したさそうにしていたのも面白かった。なのでキルギス語ができる上でこの街にきてみると、きっと面白いと思う。次回はキルギス語で交流したい。と思うきっかけにもなった街だ。

「超マイナー言語の「キルギス語」に惹かれ、勉強し始めた理由」

 

⑥ジャララバード・ウチコルゴン・アルスタンバブ(3都市目)

この3つの旅行記はオシュ州ではないので別の記事で書いた。ジャララバードはキルギス第3の都市であり、アルスタンバブには滝や美しい山の景色がある場所。ウチコルゴンはバスの乗り換えで寄った程度。

「ジャララバード州(キルギス)で訪れた町、村など(宿泊、観光地、移動方法)」

 

⑦ノカット・キジル=キヤ・ウチ・コルゴン(4都市目)

オシュ→ノカット→クズル・キヤ→ウチ・コルゴンという順番で行った。オシュからまっすぐ行ける手段がなかったのでノカットで乗り換え(タクシー=誰かが運転する車をシェアする形)。この時ノカット市内は停電中(計画停電みたいなものだったと思う)だった。

その後、念願のクズル・キヤに到着。人口は5.6万人(2021年)ほどいるのでちょうどいい感じだった。その西側にはウチ・コルゴンという1万人くらいの街もあり、そこはタジク人が異常に多かったので面白かった。

お友達とご飯食べたり、観覧車に乗ったり、新鮮な川で足をつけてゆっくり過ごしたりみたいなことをしていた。この街には次回1ヶ月くらい住みたい。と思っている。

 

⑧カラスー(5都市目)

カラスーはオシュ市内から一番簡単に行ける距離かもしれない。

オシュ市内からはバザールを目当てに行く人が大半。30分もかからない場所にあり、オシュからずっと北側に行ったところにある。ウズベキスタンとの国境にある街で国境の向こう側にあるウズベキスタンの街もカラスーである。人口は2.6万人(2021年)程度。

国境の近くも歩いたりした。街の中心部から少し歩いたところに国境がある。昔はキルギス側のカラスーも、ウズベク側のカラスーも一つの街だったのかもしれない。

 

⑨結婚式に参加した話

いつものカフェでお友達と食事していたら隣にいたロシア系が混ざったようなキルギス人女子(この近辺では裕福そうに見えた)が、日本語で話している私たちに目をつけ、今夜結婚式に来ない?と誘ってきた。

インドでは知らない人の結婚式に参加したこともあったが、キルギスでは今回が初めて。私はスーツとかそういうのもないし、サンダルだけどいいの?と言ったがOKとのこと。甘いものばかり入っている食べ物を避けるために食事には手をつけないつもりだったが、テーブルを囲んで座っている時に目の前にあったスープを飲んでみると止まらなくなり結局結構食べてしまった。

結婚式にくれば友達たくさん作れそうな気がしていたが、そういう感じではなかった。やはりみんなお互いに知っている感じなので誰かが外国人の私と過度に仲良くなりすぎるとおかしい感じになると思うので、あまり話しかけられなかった。

 

⑩オシュ2ヶ月目で取り組んだこと

※一番奥の椅子は日本語話せるお友達のためにとっていた椅子。手前の長いテーブルが、25名ほどの生徒さんたちといつもレッスンしていたスペース。

このオシュ2ヶ月目というのは英語メンターや外国語コーチが非常に忙しい時期だったにも関わらず旅行も同時に行った月だった。そしてこの時に取り組んでいたことはその1ヶ月前と同様にキルギス語の基礎学習である。この時点ではまだ話そうという気持ちはなく、文章に読み慣れるというようなことをしていた。

そしてロシア語の学校に通うという経験、5つの動画撮影、英会話における質問フレーズの作成など、自分なりに結構頑張ったと思う。

いずれにしても秋が始まり、次に冬が来るという季節だったので、今思い起こすと色々な意味で寂しかったというような感じもある。

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