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なぜ昔、中国では女性が足を変形させる「纏足」という奇習が根付いていたの?




何やら私はまた見てはいけないものを発見してしまった。この写真をみたときは、あまりの衝撃でブログに投稿する気にはなれなかったけれども、知らないことを一つ一つクリアにしていくのも、私の仕事だ。と思いながら、

この記事では、むかし中国の女性の間で当たり前のように行われていた奇習、纏足(てんそく)についてご紹介したいと思う。

①纏足の意味とは



まず、纏足(てんそく)とは、幼児期より足に布を巻かせ、足が大きくならないようにするという、かつて中国で女性に対して行われていた風習を言う。けれども、これが現代の日本人や中国人からは、奇抜な風習に映るので、奇習扱いとなっているというわけだ。

以下、わかりやすいようにウィキペディアの言葉を引用する。

纏足(てんそく)は、幼児期より足に布を巻かせ、足が大きくならないようにするという、かつて中国で女性に対して行われていた風習をいう。より具体的には、足の親指以外の指を足の裏側へ折り曲げ、布で強く縛ることで足の整形(変形)を行うことを指す。 
纏足の習慣はの末期に始まったの時代には不健康かつ不衛生でもあることから皇帝がたびたび禁止令を発したが、既に浸透した文化であったために効果はなかった。辛亥革命以降急速に行われなくなった。 
中国大陸からの移住者が多く住んでいた台湾でも纏足は行われていたが、日本統治時代初期に台湾総督府辮髪アヘンとならぶ台湾の悪習であると位置づけ、追放運動を行ったため廃れた。なお、客家人の女性は働くことが奨励されていたため纏足をせず、「大足女」と揶揄されていた。

このように、まずは現代風に言うと、

(618年 - 907年)の末期以降、中国では、足の整形が当たり前だった
(1616年 - 1912年)になると、皇帝が不衛生なため禁止していたが、その風習は消えなかった。

ということだろう。



②纏足が行われていた理由

なぜ、纏足が行われたのか?については、諸説はあるが以下のことが考えられるそうだ。

・セクシャリティーの象徴として高められていた
・小さい足の女性の方が美しいと考えられれていた
・纏足は男性の性欲を駆り立てる
・女性は夫や恋人以外の男性には纏足を見せはしなかった
・蒙昧な時代であったため、纏足を施していない女性には嫁の貰い手がなかった

など、色々な理由があるそうだ。





一つ目の写真の女性の足は、横から見ると、まるでブーツの形にも見える。それだけ小さい頃から、むりやり形を作った結果、このような形になったのだろう。

なんだろう。2000年以降、日本でも男性の間で先がとんがった靴が流行ったけれども、なんか、そんな感じで足がシャープになると、ファッショナブルなイメージになるのだろうか。

二つ目の写真は、とても有名なのでみたことがある人も多いのではないだろうか。

まるで、私はもう何もできません。と言ったような感じにも見える。つまり足に障碍があるイメージに近いというか、当時、女性は家の中、男性は外。というような考えが中国にあったことを考えると、女性は遠くまで歩けなくていいので、家の中で男性が帰宅するのを待つ。という感じで、男のような足は穢れていると思われていたのかもしれない。とも思わせる。

③纏足の仕組みを簡単に図で見てみる





このように、わかりやすく描いた図のようなものもあった。

またなぜ纏足が一般化されたのか?という問いに、纏足をすることによって女性を歩きづらくする。とか、ある部分に力が入り、男性との行為の際、男性には嬉しいとか、色々言われているのだけれども、ハイヒールと同じ感覚?で、

当時は、これが美しいとされており、普通の足だと男性と同じでゴツイと思われるし、周りの人たちが皆やっているから、もしやらなければ、男性の足と思われて、結婚もできなかったのだという事情もあったそうだ。




また中国のサイトで調べてみたところ、すべての女性がこの纏足をしたわけではないという意見もあった。

いずれにしても、写真に出てくる纏足女性たちは、着飾っていて、ものすごく貧乏な家庭の女性には見えないのも面白いところ。

ちなみに、上の老女の足とも思われる写真は、雲南省で2010年に撮影されたもののようで、今現在でも、この奇習を続けている老人がいるのだとか。

④中国の歴史史上、長期にわたって中国を誘導していた「西太后」も纏足をしていた?



西太后(1835年11月29日~1908年11月15日)といえば、女が政治に関わってはいけない中国の歴史上でも、この地位を独占してきた女として有名、かつ悪女として描かれている人物である。

この記事の上にも書いているのだけれど、清の時代に入ってから皇帝は、唐の時代から続いている纏足について、衛生上悪いので、やめるように言った。

というのも、清の皇帝は満州族であり、満州族には漢民族の女性のような纏足という風習はなかったためである。

もちろん、西太后も満州族であり、纏足はしていない。その理由に、満州族にはそのような風習はないし、また清の皇帝が漢民族の纏足について、やめるように言っているくらいだからだ。

もう一つ、根拠となるのは、西太后の靴だ。もし西太后が、纏足をしていたのなら、あれだけ西太后が、政治に関与し、権力を握ることはできなかっただろう。

また、以下のように、靴を見ても分かるように、こんな現在の厚底ブーツ的な靴をはいて、あたかも、普通の靴を履いているかのように歩くことも困難だったのではないか?と思うからだ。




マルチリンガールのコメント
中国のサイトをみてみたところ、やはり、纏足をすることで男性の性的欲求を満足させたというようなコメントが多かったのが印象的だった。また、この纏足を現在の整形と同じようなものだろう。と表現する人も。

いずれにしても、時代によって、これが美しいんだ!ってされることは変わっていくのだと私自身実感した。

Reference Site
https://ja.wikipedia.org/wiki/纏足
https://www.zhihu.com/question/20438215
https://www.zhihu.com/question/41195314
https://zhidao.baidu.com/question/445263110.html

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なぜ昔、中国では女性が足を変形させる「纏足」という奇習が根付いていたの? なぜ昔、中国では女性が足を変形させる「纏足」という奇習が根付いていたの? Reviewed by よこいりょうこ on 3月 27, 2018 Rating: 5

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