新しいタイプのプロパガンダ!?多言語話者マルチリンガールが世界のレア情報を発信していきます♪

李氏朝鮮時代の「奴婢」の写真が衝撃的だった件と、日本や欧米もなんら変わらないと思った理由




昔、李氏朝鮮時代の写真をみていたときに、チマチョゴリをきた女性が胸元を露わにしている写真を見たことがある。もう10年前くらいだろうか?今もそのような写真が、これが日本統治前の朝鮮人!のように見下したような記事を観る。

けれども、歴史的な事実とはいえ、そういう写真は出回るのに日本の黒歴史的な記事にはあまり遭遇しないのも不思議でならないと思ったりするのだ。

私はもともと、

・日本は美しい国
・江戸時代は世界で一番繁栄していた
・朝鮮の近代化は日本が統治したからだ

というような考えを持つ人間ではあるが、その中で、明らかに日本にも黒歴史は存在している。

たとえば私が北海道人なのにも知らなかった北海道でアイヌの若い人たちが、和人によって労働力として酷使されていたこと。これは学校では習うだろうか?

「世界に存在していた国 TOP10に、日本の「蝦夷共和国」がランクインしていたことと、東北の蝦夷とアイヌの関係」

また日本人女性が、ポルトガル人によって奴隷売買されていた話なんて学校で聞いたりしただろうか?

「日本史では語られない「日本人女性の性奴隷」がポルトガル人の間で売買されていた史実と、豊臣秀吉との関係」

私がたまたま勉強をしていなかっただけかもしれないけど…。話はもどって多くの人はネットに出てきた写真などをみて、たとえば、

①奴婢




②奴婢




③奴婢




④両班(ヤンバン)




この写真に出てくる①②③のような人たちが、朝鮮人の本来の姿。だと本気で信じているのだろう。そんな私も確かにそうだった。女性の写真は、敢えて載せなかった。

けれども、ウィキペディアで李氏朝鮮の身分制度と検索すると、いかのような記述を発見した。

李氏朝鮮の社会の身分階級は、学者によって分類が違うこともあるが、一般的に両班・中人・常人・賎人の4つに大別されている。このような体制は、高麗の時から伝わる社会的な伝統の上に土台を置いたもので、李氏朝鮮の集権的な政治体制の確立及び制度の整備とともに次第に固まっていった。すなわち、李氏朝鮮の新興貴族たちは高麗の貴族の代わりに支配階級に成長しながら両班階級を形成したが、一方、それに属せなかった人々は中人階級に残るようになった。

つまり、よく聞くことも多い両班(ヤンバン)というのは、ものすごくよい暮らしをしていて、賎人たちは、奴隷のような暮らしをしていたということになる。

実際に、奴婢は売買されていた。けれども、奴婢が一番下の存在だったわけではなく、奴婢の下には、白丁(ペッチョ)という、奴隷ではなく、人間扱いされない存在として、インドの不可触民のような扱い、つまり、肉食処理をしていた人たちのことだ。

「李氏朝鮮時代の身分制度。両班、中人、常人、賤民と、人間扱いされなかった「白丁」(ペッチョ)との格差」

「当然の知識(教養)として知っておきたい、インドのカースト制度【ヴァルナ】の序列 TOP5(不可触民、シュードラ、ヴァイシャ、クシャトリヤ、バラモン)と【ジャーディ】」

彼らは、日の当たる部屋に住むことはできず、胸を張って歩くことすらできず、色々な制限があったけれども、奴婢の場合は違った。

奴婢の場合は、奴婢(国が所有する奴婢)と、奴婢(個人が所有する奴婢)がいて、奴隷ではあったが人間扱いはされていて、一般の村に住み、場合によっては、良民との結婚もできた。とされている。

その証拠に、奴婢の中には、童便軍(どうべんぐん)という、容姿端麗の12歳未満の少年もいたと言われている。以下にも書いたけれど、

「韓国(朝鮮)でタブーとされている、奇習、黒歴史 TOP10」

病院で、その尿を漢方医学として薬用していたという、朝鮮独自の医療法である。奴婢が人間扱いされなかったのなら、漢方医薬として彼らの尿は薬用されなかったであろう。

一方、白丁は、一般の村に住めず、良民とは結婚できなかったと言われている。ほか、人間扱いされなかったので、リンチを受けても誰も助けてはくれなかった存在だったと言われている。

ちなみに、上の奴婢の写真をいくつか出したけれども、もしかしたらこの中には、奴婢だけではなく、白丁(ペッチョ)の写真もあるかもしれない。

一応、この身分制度は、上の白丁(ペッチョ)の記事でも詳しく書いているので、参考にしてほしい。





で、日本にも、穢多(えた)・非人などというのを歴史で習ったことがあるけれど、その国によって一番下位になってしまった人たちがどう扱われるかは違うとしても、歴史上、どの国にでもこのように、上位と下位で区別されている。ということは事実なのではないだろうか?

ちなみに、穢多・非人などは最近は、一緒くたにできないという声も聞かれる。たとえば、江戸や大阪などの都市部で暮らしたくなくて、山に住んでいた人たちを、穢多。と呼んだりしていたこともあったことや、実はそういう人たちにしかできない鉄砲を作る仕事などで、人によっては金を稼いだという話しも聞く。

また都市部で悪さをして非人にされてしまった人や、この記事の上にも書いたように、もともと朝廷に抵抗する勢力といわれている蝦夷(えみし)がそのように呼ばれていたという声もあるし、つまり、いろんな人たちがいるので、彼らを一緒くたにするのが逆に難しいのだそうだ。

逆に日本人は、そういう山に暮らしていた日本人の歴史などは勉強しようとしない。しかも、あたかもそれらは日本人ではない。と思い込んでいる人さえもいる気がする。

つまり、綺麗な部分だけを見て、日本って美しい国だね。と思いたいのである。

また現在の日本人は、部落などと聞くと、もともと日本に存在していた、えた・非人などの部落と、戦後に朝鮮人が移住してきて彼らが作った部落を混同したりさえもしている。けれど、これらは全く別物である。

第14回 被差別部落とその歴史【CGS 古谷経衡】

というふうに、多くの人が一つの概念で物事を考えてしまっているのではないだろうか?部落といっても、それができた過程は、年代により違い、明らかに近代に入って朝鮮人が集まってできた部落は、えた・非人などの本来の部落とは違うのである。





で、いまだにこのように血筋的な話を気にする人は多いと思う。けれど、世界は確実に変わっているのではないだろうか?

黒人の血を引いたメーガン・マークルさんがヘンリー王子と結婚して、イギリス王室に入ったり、オバマさんが米国で初めての黒人大統領になったり。

「英国王室のヘンリー王子と、黒人の母を持つメーガン・マークルが婚約に向けて動いてる!?【海外の反応】」

これは日本しか知らない人からすると、別に驚きもしないことかもしれないけれども、西洋人から見た場合、ものすごく歴史的な瞬間である。



たとえオバマさんやメーガンさんが生粋の黒人ではなく、白人と黒人のハーフだったとしても、世界一の大国の大統領になったり、日本の天皇家よりも何倍も世界で注目を浴びるイギリス王室に、ほんの数百年前まで奴隷と見なされていた黒人の子孫が入る。ということは、ものすごい出来事なのだ。

王室と日本の皇室は、全く性格が異なるとしても、一般の人たちからすると、日本の皇室に東南アジア人が入るようなものと似ている。インドネシア人だって、オランダの植民地時代の時は奴隷扱いだったのだから。

数百年前に白人が聖書には奴隷制度は悪いことではないと解釈し、黒人のブローカーを使って黒人が黒人をアフリカからいろんな国に送り働かせるというビジネスが生まれた。

https://www.gotquestions.org/Japanese/Japanese-slavery.html

ということは、日本の義務教育ではあまり触れられないと思うけれども、そのように白人が黒人を動物のように扱ってきた写真は今でも残っているので、明らかである。




https://www.pinterest.jp/pin/519602875736526842/

にもかかわらず、西洋では現在でも差別が根強く残ってるにせよ、黒人が多くの業界で活躍している。またヨーロッパで迫害されてきたユダヤ人は、今どうだろう?彼らが集まる国イスラエルは建国100年も経たないうちに、日本とほとんど変わらないくらい近代化した技術大国になり、アメリカの政治を動かす存在にもなっている。

つまり私はこの記事で何を言いたいかというと、どの国でも下位の人たちはいたということであり、それらを笑いものにしても仕方がないのである。

しかも、そういう人たちの中にはグイグイのしあがって、経済的に成功している人が多いのもまた面白い。

また、この李氏朝鮮時代に階級制度があったことからもわかるように、すべての韓国人が下位だったわけでもない。

また面白い話に、李氏朝鮮時代、このように下位にいた人たちが日本の統治時代を喜んだという話しも聞く。

そして現在でも、一部の人がほとんどの富を所有しているということを考えれば、現代版でいうと、皮肉なことに、一部の大富豪が両班であり、多くの人が奴婢なのではないだろうか?とさえも思ったりする。

「大富豪上位8人(そのうち半数はユダヤ人)だけで、世界人口の半分以上の純資産を持つ事実と、日本の上位10人の資産が国民3000万人分である現実」

ITが普及したことで、今後も発展途上国の人がもっと豊かになり、日本人が俺らはアジアで一番すげえんだぜぃ。なんて思っている間に、どんどん優秀なアジアの人たちに経済的な豊かさで追い抜かれていくのではないか?と最近の日本を危惧している私である…。

韓国も韓国で優秀な人は、平均的な日本人より全然優秀になっているし、またその経済的所得の差も広がっている。

たとえば日本人でひとくくりにして安心感を得ようと思っている層の日本人もいる一方で、明らかに今は国籍うんぬんではなく、その人たちの学力や所得、やる気、情熱などが、ある意味、上とか下とか思いたくなる判断基準に置き換わってきている気もするのだ。

たとえば、私がよく韓国で韓国人から聞くのは、日本人というよりは、何もしないで遊んでばかりいる日本人って本当にかわいそうだよね。とよく聞くことだ。(国籍が日本人とうだけで安心してしまっていると言っていた)

なので、中国人は、あ~だよね~。とか、韓国人はあ~だよね~。フィリピン人やインドネシア人は日本人大好きだから無条件でみんな大好き~。みたいな考えはやめたほうがいい。

ということを、最近の日本の韓国バカにしてる系の記事をみていて思った私でした(笑)→記事として終わり方が不自然だったかもw


フェイスブックでの反応

真弓さん
韓国ドラマの時代劇によく出てきますね!

樋田さん
時代劇の方が身なりは綺麗だがなぁ

太田さん
日本も勿論、同様の歴史がありますよね。魏志倭人伝には、朝貢として「生口」(奴婢)を贈ったと記されています。その後も、各時代に「賎民」が存在します。賎民史は各国にあり、恥ずべき人類史ですね

Takafumiさん
謀反を企てた逆賊の家族が両班でも奴婢になったようです。

西岡さん
私は、日本やヨーロッパには、これほど過酷な階級制度は無かったと思ひます。比較するとすれば、インドのカースト制度ではないでしょうか。

Takafumiさん
派遣労働者は奴婢の様なものですが。

西岡さん
Morikawaさん、朝鮮半島の奴婢は、主人の意向で、簡単に殺されたのですよ。

西岡さん
いいか悪いかは別として、日本は、1895年、朝鮮に干渉して、こうした身分制度の撤廃を強制的に行なひました。イギリスは、インドのカースト制度を撤廃しませんでした。しかし、日本は、朝鮮に干渉する形で、朝鮮の身分制度を廃止したのです。日韓併合後、日本が朝鮮各地に作った小学校では、両班の子供も奴婢の子供も並んだ机で勉強をしました。この事に対する両班階級の反発は激しく、それが、朝鮮半島における反日運動のひとつの動機に成った事は、忘れてはなりません。いいか悪いかは別として、朝鮮の独立運動には、両班たちのこうした反発の要素も有ったのです。カースト制度に干渉しなかったイギリスの様なやり方と強権的干渉で朝鮮の身分制度を廃止した日本のやり方のどちらが正しかったか?皆さんは、どうお考えになりますか?

Ohohoさん
日本国内に於ける、エタ、ヒニンとは地位が全く違います…
江戸時代には、穢多頭、非人頭が居り、共に将軍より拝命した後に襲名です。
第何代非人頭、車 善七、

第何代穢多頭、浅草 弾左衛門…
つまり、幕府直轄なのです。


裕一さん
李氏朝鮮とか高麗王から明に戦争仕掛けて来いと言われたのに裏切って高麗王やっちゃった軍師でしょ。クーデターですね。あの時代階級はあったものの統率力がなかったのでお金で身分を買ったり族譜を捏造したりして今みたいな民族になったのでは? 日本と一緒にされては困っちゃうなー。

Fujimotoさん
妓生 (きしょう、기생、キーセン) とは、元来は李氏朝鮮時代以前の朝鮮半島に於いて、諸外国からの使者や高官の歓待や宮中内の宴会などで楽技を披露したり、性的奉仕[1][2][3]などをするために準備された奴婢の身分の女性(「婢」)のことを意味する。

どとんでもない」など反対の意見が多くあがった。彼はその意見をすべて無視して、母親の死罪に関わった者たちや母親の復位に反対した者たちを処刑した。さらに、すでに亡くなっている者に関しては、墓を掘り返して首をはねた。
 それらの暴政に耐えきれなくなった庶民たちは、「女と酒のことしか考えてない最低な王だ」とか「あんなやつを王とは認めない」など燕山君を批判する文をあちこちに書いたのである。庶民たちのそんな行動を知った燕山君は、「今後、ハングルを使用することは許さん」と言って、庶民がハングルを使うことを禁止してしまった。

生まれてこなければ良かったとの苦しみの一生を過ごすことになる。

「女は子を産む道具でしかない」朝鮮では、

「道具(女)が不良品(不妊症等)であってはならない。 
故に、『これこの通り、妊娠できる体でございます』ということを証明するために、 
「種男」という男に娘を犯させ、妊娠した状態で輿入れさせる」。
これを「試し腹」と言います。 
産まれてくる子供は、当然夫の血を引いていないため、妻と同じ奴隷的な身分しかなく、 
結婚はおろか大人になるまで成長する者も稀だったと言われています。 
自分の娘を血縁の近い男(兄や叔父)に妊娠させて、妊娠できる女と証明させて 
嫁がせる儒教思想が暴走した悪しき習慣だそうです。


身分制度も高麗時代のものを継承した。
身分は、大きく「良民」と「賤民」に分かれる。


「良民」とは、自由民であり、納税、国役の義務を負い、
さらに「両班(文班、武班)」、「中人(下級役人、技術官など)」、「常民(農民、商人、職人)」に分けられた。
「賤民」は「奴隷―奴婢」と「白丁(ペクチョン)(動物の屠殺に従事する者)」、
「才人(広大ともいう)(芸人)」、「官妓(役所に所属する酌婦)」、
「牽令(キュンエン)(牛・馬を引く者)」、「砲手(猟師)」、「水尺(スチョク)(狩猟民)」、
「駅卒(駅の使用人)」、「巫女」、「僧侶」など多岐にわたっていた。

「奴婢」は「公奴婢―国家に所属するもの」と「私奴婢―個人に所属するもの」に分けられていた。
さらに奴婢は「公奴婢、」「私奴婢」とも「入役奴婢」と「納貢奴婢」とがあった。
「入役奴婢」は、国の労役や主人の雑役に従事しなければならないが、
「納貢奴婢」は国や主人から独立の生計を営みながら一定の身貢をする義務があった。

奴婢」は売買、贈与、相続の対象となった。つまり、財物として扱われていた。
父母の一方が奴婢の場合は、子も奴婢となった。「両班」が罪を犯し「奴婢」になったり、
「奴婢」が軍功などで「中人」、「常民」になったりすることもあったが、
極めてまれで身分間の移動はなかった。


Tadaさん
男尊女卑、いまでもそうです

仲村さん
50年ほど前までは日本では一部の裕福な家庭の女の子を除いて花嫁修行の一環としてお手伝いさんに行ってました。母の実家も母が子供の頃に家は裕福じゃないけど祖父の親戚の子がお手伝いさんに来てました。
だから下働きは奴婢ではなくお手伝いさんがやった。江戸時代からそう。それ以前は良く分かりませんけどね。

鈴木さん
日本にこの様な奴隷制度は有りませんでした。

田中さん
日本も昔田舎の農村などでは当たり前のように口減らしのための奉公や女の子なら女郎屋に売るようなことが行われていたようです。
 奉公先などにもよりますが、かなり酷い労働条件だったところもあるようですね。


 私の子供の頃はまだ部落問題も今以上に酷かったようで、一般家庭ではそういうところの人との婚礼などは考えられなかったようです。
 あまり詳しくは知らないのですが、部落の人達は仕事も限定的だったと聞いたことがあります。

 今は知らない人も多いと思いますが、土地の価格が特別安い地域などは昔そういう人達が住んでいたところの可能性もあります。
 あまり表に出ないのですが、金融機関などでは融資などの際にも考慮されることもあるようです。


Ochiaiさん
日本には奴隷制度はない。前借りによる年季奉公はあった。しかし年季が明ければ契約は終わった。女郎務めしても年季が明ければ郷里に帰って結婚した。村人は知っていても云わない掟だった。

田中さん
奈良や平安時代の律令制の時代は奴婢と呼ばれる人の存在はあったのではないですか。卑弥呼の時代は確実に奴隷がいたようで、魏に贈ったのは奴隷でしたよ。

Michioさん
古代には記録があるようですね。

遠藤さん
当時の奴隷は当時の体制と対立する者達ですよね。自国民を奴隷にしたのではないので朝鮮半島の人達とは事情が違うのでは?

高橋さん
200年後ぐらいに、サラリーマンも「奴隷の一種」ぐらいに言われたりしてそうな気がする。
良くも悪くも解釈なんか時代で変わるもんな。

田野さん
日本には制度としての奴隷制度は無かった。確かに働き方には、いろいろとあったようですが、それは奴隷ではありません。それに、身分制度がしっかりしだしたのは江戸時代になってからです。それも、厳しく、厳密に仕分けしているわけではありません。また万葉集にはあらゆる階層の人達の歌が載ってます。防人は関東から多くの人達が参加してますが、家の代表としてですので、奴隷とは言えません。部落民といいますが、私の村の下部組織は部落と言ってました。その意味では私は部落民ですが、我が家は苗字帯刀でした。

戦後になって、部落という呼び名は辞めさせられましたね。仕事で住むところを分けていた人達がありましたが、それはと殺場なんかないから、人里離れてないところでないと困るからです。小作人も、田畑の無い人の総称ですし、田畑を貸して耕してもらうのと、家に一緒に住んで耕す場合がありますが、奴隷とはいえません。二宮尊徳さんなんかそうです。ああ、豊臣秀吉さんみたいな例もありますね。弘法太子空海さんは佐伯さんですが、そのもとは武蔵の蝦夷だと言われます。つまり、日本では、諸外国と異なり、奴隷制度が存在しなかったのです。

遠藤さん
江戸時代えたひにんと呼ばれていた人達は将軍や大名の虫歯などの治療をしていた人達もいます。この時柘植の木で作られた入れ歯は現在でも残っていて、現在と同じく吸着し食事にも使えたというから驚きです。これは世界でも日本でしか作れなかったという。
脱線しましたが江戸時代は特に人口管理はしっかりとしていて簡単に移動できなかった為、このような特殊技術を持った一族をえたひにんとして各地を回っれるようにしたのです。
奴隷とは違いますね。

Tomokoさん
儒教が物凄い差別格差する思想だからです。日本が同じならメイドが根付いてますよ。
仁美さん
よこい りようこ様、はじめまして!老い耄れが、偏よった世迷い言を申す事をお許しください。穢多とは血穢れを生業とする人々で、獣を解体・獣肉の確保を行う醜業従事者。非人は、人別帳に記載されていない他国(藩制度からの脱落者)者の事てあろうかと…又、山暮らしてで生計を立てる山窩(山家・サンガ)と
呼ばれる人たちが存在し、各地の出来事を全国的に逸早く流布していたと聞き及んでおります。奴隷でも下層賎民でもなく、相応の技量を認められて生活していました。中執、山窩は現存し、自然と同化した生活を送るようです。

深川さん
 なんですか、この支離滅裂な散文は (笑)

岡浦さん
ボクが子供のころ、当時の在日だと思われる老婆が真昼間から胸をさらけ出しているのをよく見た。
子供とはいえ老いたとはいえ卑猥に思い理解に苦しんだ記憶がある。


平田さん
朝鮮の下級層の人は日本の身分制度よりも酷い扱いを受けていたらしいね。百田さんの本で読みました。


こんな記事もオススメです。
「あなたは、韓国系?東南アジア系?祖先(ハプログループ)を知るための遺伝子検査「ジーンライフ」製品の詳細を調べてみた」
「日本史では語られない「日本人女性の性奴隷」がポルトガル人の間で売買されていた史実と、豊臣秀吉との関係」
「李氏朝鮮時代まで存在した韓国の高級娼婦、妓生 (きしょう)の写真が物語るその実態とは」



李氏朝鮮時代の「奴婢」の写真が衝撃的だった件と、日本や欧米もなんら変わらないと思った理由 李氏朝鮮時代の「奴婢」の写真が衝撃的だった件と、日本や欧米もなんら変わらないと思った理由 Reviewed by よこいりょうこ on 5月 21, 2018 Rating: 5

0 件のコメント:

MULTILINGIRL. Powered by Blogger.