謝罪なし。フランスが旧植民地(タヒチ・アルジェリア)で嫌われている理由



フランスと聞くと、2018年11月17日から始まった黄色いベスト運動というよりは、高級ブランド、ワイン、アート、フランス料理、香水などが思い浮かぶのではないだろうか。

色んな国に行っていて思うのは特段、日本ではフランスについての印象が非常に良いということである。それはフランスが好きな国というアンケート結果にもきちんと表れているし、芸能人や王室関係者がフランス語を学ぶことからも分かるし、ショップ名、マンション名、通りの名前までフランス語が織り交ぜられている日本の実情を見れば分かる。

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とはいっても、もし日本がフランスの隣にあったらかなり対立していただろうね…。

さて、そんなある意味日本人の憧れ的なフランスの首都パリでは最近ものすごく治安が悪く、エジプトのカイロのほうが安全だという声も聞く。

なんでも移民の影響なのか、スリなどが多発しているのだとか。(もはや白人の都市ではないとまで言われている。

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で、なんでこんなにも移民が多いのだろう?それは、言うまでもなくフランスがアフリカの国々を中心に植民地支配していた時期があったこと。そしてそれらの植民地ではフランス語教育が行われていたので、戦後、特に1960年代頃から安価な労働力としてフランス語が話せる旧植民地の人々が移民としてやってきた。ということだ。

ちなみに、この過去の植民地に対して、フランスは公式に謝罪していないというのもポイント。

France should apologize for colonialism in Algeria

以下、フランスが植民地時代に行った蛮行、罪などを知ることや、日本以外の国、旧フランスの植民地の国々でフランスはどのようにみられているのか。ということや、フランスの裏の部分を知るきっかけにもなると思う。その前に以下の知識を先に入れておこう(';')/


フランスの植民地獲得の範囲(17世紀~20世紀に獲得したもの)





まず最初にフランスが過去に獲得したことのある植民地範囲を紹介していこう。まず北米から。北米の大部分が青くなっている。けれども東部は色がついていない。

アメリカと言えばイギリスが植民地にしたボストンやニューヨーク、ワシントンなどの東海岸にある13州が有名なのだけど、フランスはそれよりも広範囲のエリアを植民地化していた。ということを今この地図を見て知った人も多いかもしれない。

セントルイス、ルイジアナ、デトロイト(海峡の意味)などアメリカ中部にある都市の名前は、全てフランス語。ということからも分かる。

カナダのケベック州などは現在でもフランス語を公用語としているけれども、現在のアメリカの中部の大部分の土地がフランスの植民地だったとは知らなかった人は多いのではないだろうか。

※ちなみに、現在のアメリカには、自分をフランス系だと思っている白人は、815万人程度いるとされている。これは、アメリカの人口の2.56%にあたるという。

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さて、次にアフリカ。北アフリカと西アフリカは現在でもこの植民地の過去から、フランス語が公用語になっている場合が多い。遠く離れたマダガスカルも。

またインドもかつては、数十年ではあるが、フランスの植民地になっていたことがあった。(フランス東インド会社

ベトナム・ラオス・カンボジアはご存知の通り。(現在でもラオスのフランス大使館では格安で本格的なフランス語を教えている)

さて、フランスの旧植民地で行われた蛮行を書いていこう。


①タヒチ島で行った核実験



Amazing nuclear tests in French Polynesia and Mururoa

タヒチ島と言えば、ハワイからちょっと下に行ったところにあるフランス領ポリネシアにある島だ。そう。ハワイがアメリカであるように、ここポリネシアもフランス領なのである。

さて、このタヒチ島は現在すっかり観光地として定着したけれども、そこに行きつくにはあるストーリーがあった。

それが、核実験である。

日本では敵国である中国がやってきた新疆ウイグル自治区の核実験は知っていても、フランスが旧植民地でやってきた核実験にはあまり興味がないかもしれない。

けれども、ここを知らないと、フランス語圏でお互いがどう思っているのかが分からないので大事な部分。(';')/

上のスクリーンショットに貼ったURLから映像がみれるけれども、この映像には、広島・長崎への原子爆弾の雲を彷彿させるような大規模な核実験の映像が収められている。

実際にアメリカが核実験を行った結果、爆心地から200キロほど離れたロンゲラップ環礁で、「白い雪」が降ったと言われている。それは「死の灰」とも呼ばれ、被爆されるという意味でもある。



※写真は日本人の祖先とも関係があるかもしれないポリネシア人のタヒチ人美女。

そもそもタヒチ島はリゾート地ではなかった。タヒチ島にリゾート地ができたのは、タヒチで核実験をする見返りとして、フランスが開発したという歴史がある。

パリにある国際空港の名前にもなっているシャルルドゴール前大統領が、1963年にタヒチに、太平洋核実験センター(CEP)を設立。

その後、1966年~1996年にわたって、トゥアモトゥ諸島のムルロア環礁(タヒチ島南東1200kmにある環礁)とファンガタウファ環礁にて核実験が行われるようになったという。

さて、1996年までこの核実験が続いたけれども、この当時の大統領はあの超親日派で有名なシラク大統領(1995年5月17日~2007年5月16日)である。

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大統領に就任直後にムルロア環礁で核実験を再開し国際的な非難を浴びる。その中でも、地理的に近いニュージーランドやオーストラリアが強硬に抗議した。

そして、1995年6月にタヒチで当然ながら独立運動が起こった。この出来事によりシラク前大統領は、核実験を地上から地下に変えた。その後、核実験を終了宣言。

つまり現在タヒチ島が日本人にも知られるくらいのリゾート地になった背景には、この核実験の見返りにリゾート地として開発したという歴史があったことを覚えておけばいいかもしれない。



②アルジェリアは韓国?

日本の過去における帝国主義で日本に一番文句を言う国があると言えば韓国だけれども、これをフランスに置き換えると、アルジェリアということになるかもしれない。

アルジェリアという国はフランスが植民地化した国の中でもコンゴについで二番目に人口が多く、アフリカでフランスが植民地にした国の中で一番最初の国でもある。

またアルジェリアはその植民地だった期間も、1830年~1962年と長く、日本が韓国を併合して統治した1910年~1945年の3倍くらいはある。ちなみに今でもフランス語がかなり通じると言われているお隣のモロッコでは、保護領時代(1912年-1956年)があったが、アルジェリアよりも長くはない。

現在フランス語圏として存在感を示すコートジボワールやセネガル、ベナンなどで構成されるフランス領西アフリカ(1895年~1958年)や、人口の多いコンゴ(1882年~1910年)、太平洋に浮かぶマダガスカル(1897年~1958年)も、フランスの植民地になるのは、アルジェリアよりずっと先のことである。

つまりフランスの植民地と言えば、まず先にアルジェリアを思い浮かべて欲しいという事。

アルジェリア(アラビア語圏)は北アフリカにある大国で、西アフリカのナイジェリア(英語圏)とは全く違うので混同しないように…。さて、ここでも、1966年から核実験場になっている。

以下の図を見ても分かるように、当時フランスは世界3位(核実験の規模)だった。



www.pireport.org/articles/2017/03/26/french-polynesias-top-nuclear-testing-expert-dies-tahiti

ナイジェリアにおけるフランスの核実験は、ジェルボアーズ・ブルー「青いトビネズミ」というコードネームで知られていて、マリ国境の近くにあるレガーヌ(Reggane)で行われた。

で、ここでポイントなのは、

ナイジェリアの核実験は、長崎に投下されたファット・マンの出力は22キロトンの3倍以上もある、70キロトンのエネルギーを放出し、当時最初の核実験としては最大の出力であったとされている。

ということだ。

計17回ほどの核実験がサハラ砂漠の施設で実施されたと言われている。これらは、ルビー実験サファイア実験などともいわれ、両実験とも地下で行われたという。

この核実験は上にも書いたけれども、フランス初の核実験でありながら、広島原爆の4倍の威力で、爆心地は現在でもアルジェリア政府によって1947年から立入禁止となっているようだ。



※分かりやすいように地図も出してみた。

以下、フランスが今まだやってきた核実験。日本で核実験が行われていないので、よくわからないかもしれないけれども、福島の放射能汚染などをイメージすれば、分かりやすいのではないだろうか。

地域実験場大気圏地下合計
サハラ砂漠レガーヌ実験場44
サハラ砂漠エッカー実験場1313
ポリネシアムルロア環礁41137178
ポリネシアファンガタウファ環礁51015
合計50160210

またこの核実験で、仏軍兵士を「人体実験」に利用した実態も機密文書で明らかにされている。爆発20分後に、爆心地から650メートルまで徒歩で、戦車部隊は爆心地300メートル以内に前進させられた。など。

その他に、最近マクロン大統領はフランスのアルジェリア植民地化は「人道に対する罪」であると言ったり、1957年にアルジェ(アルジェリアの都市)でフランス軍に拘束され行方不明となったモーリス・オダン(Maurice Audin)の死について、軍の責任を認め未亡人に謝罪したり、フランスは今まで植民地支配に対して謝罪してこなかったにも関わらず、アルジェリアに歩み寄るようになってきた。

France should apologize for colonialism in Algeria

こういう流れもあってか、マクロン大統領は、フランスの植民地支配の歴史のターニングポイントになるかもしれない。ともいわれるほど、人道的だという。なのでアルジェリアでは約半分くらいがマクロンの謝罪を支持しているという声も。

フランスの真下にあり、フランスにとっては日本における韓国のような位置づけとなっているアルジェリア。現在のフランス全人口の3.46%ものアルジェリア人がフランスに住んでおり、今後もフランスとアルジェリアの関係見逃せないね。

参考
教科書には載せられない黒歴史 (日本語) 文庫
www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/KKSGI/mashimo.pdf



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