2012/04/24

コシウォンで80歳の韓国人に聞いた日本統治時代の真実

この記事では、私が韓国ソウルの高麗大学校で韓国語を勉強していた時に住んでいた考試院(コシウォン)での体験を書いていきたいと思います。

日本では、韓国人は日本人が嫌い。と思っている人も多いと思うのですが、実際に私が韓国に住んだり、旅行に行ったりしてみて感じたのは、韓国人は日本人に対してとても親切ということでした。

ここで誤解していただきたくないのは、韓国が好きで韓国にやってくる日本人に対しては、とても親切という点です。色々なニュース記事を見ても、やはり日本人が嫌な目にあったということも聞きますし、女性への嫌がらせなどの話も聞きます。

さて、ストーリをご紹介します。

(実際に住んでいた家をグーグルビューで切り取ってみました)

私、こんなボロい考試院(コシウォン)に住むなんて…。勇気がないと、できないことですよね。

と自分を褒める・・・。でも日本円で2万5千円くらいだったんです。

この2万5千円に含まれていたもの。

ご飯(米)
キムチ(たまに冷蔵庫に入ってた)
シャワー(もちろん)

私がこんなボロい場所に住んでいた理由、それは、

とにかく、本当にお金がなかったから節約したかったし、韓国語をきちんと自分の中で終らせたかったという思いからです。

高麗大学校の語学堂では、2学期分レッスンを受ける予定でしたが、韓国人の女性教師があまりにも高圧的な態度で私に接してきたので、私は校長に抗議して、前払いしていた二学期分の学費を全て取り戻しました。

その代わりに、このボロい考試院(コシウォン)に住みながら、あと少しだけ韓国語を自分の中で終らせて、

これから入学しようと準備している大田市にある国立大学の近くで1カ月くらい住もうと思っているときでした。

「高麗大学校(韓国語学堂)に入学」

ここで住んでちょっとの間、勉強に励むことに…。

上の写真を見る限り、そんなにボロいというイメージはありませんが、内部はもっとお粗末です。特にシャワーをしていると、ガラス張りの窓から首から上あたりはみられてしまいますので、しゃがんでシャワーを浴びたりしていました。

シャワー室の窓ガラスから見える部分は、この写真に映っている部分ではなく裏側なのでほとんど人に見られることはありませんが(裏側は駐車場とかでした)少なくとも、リラックスしてシャワーを浴びれるような環境ではありませんでした。

でも、凄くいい体験だったのです。私が以前まで住んでいた学生がたくさんいるコシウォンとは違い、老人が集まるコシウォンだったのですから。なので、普段とはまた違う環境で過ごすことができて良かったです。

同じ韓国で生活していても、つい最近まで学校へ通って、韓国人の若者に囲まれていた私と今、老人に囲まれている私はちょっと違う感じです…。

このコシウォンで体験した一番の思い出。

キッチンで料理をしていた私は、近くのスーパーで購入した(ちょっと高かったけど)日本製のお味噌で、お味噌汁を作っていました。

そしたら、80歳くらいのおじいちゃんが匂いにつられてやってきた。 私のことを日本人だと知っていたのかな??真相はわかりません。なぜなら、このコシウォンには外国人が私しかいなかったし、こんなボロいところに住みたいと思う若者って、よほどお金に困っている人くらいだからです。好き好んで、ここに住んでいるアメリカ帰りの会社員もいましたが…。

話を戻して、そのおじいちゃんは韓国語でこう言いました。「”もっと味噌入れなきゃダメだよ”」どうやら私のお味噌汁の薄味にケチをつけたかったようです。そして、私がつたない韓国語で言い返すと、彼はようやく私が日本人であることを知りました。

そして日本語を話し出したのです。私はこの状況をずっと待っていました。韓国に来て、本当の日本統治時代を体験した韓国人に会いたかったからです。そして、彼の日本語のほうが上手だったので、私たちは日本語で話し出しました。

YouTube でも語っています

(スッピンですが、お気にせず♪)

私はもともと韓国に来る前、日本の朝鮮統治の真実をきちんと勉強していたので、良い面も悪い面も両方知っているつもりです。(真相については実際に経験していないのでわかりませんが…)そして、韓国人から言われる日本の歴史の悪口にはうんざりしていました。彼の日本語は、最初はたどたどしかったのですが、5分もするうちにまるで人が変わったかのように日本人並みの話し方になりました。これは本当に不思議でしたね…。

どうやら聞くところによると、何十年も日本語を使用していなかったようです。私は夢中になりすぎて、本来色々と聞こうと思っていることすら忘れてしまっていました。でも、一つだけ聞くことができたんです。

幼少期に日本人の友達はいたの?私は、敬語を使わず、馴れ馴れしい態度で、このように言いました。そしたら、彼は答えました。いたけど、みんな別れてしまったよ。

さびしげな顔と仕草で…。

そして、おじいちゃんが日本語で日本の話をする顔は楽しそうでイキイキしていました。そのキッチンに、60歳くらいと思われるちょっと小太りなおばあちゃんがやってきました。私たちはなぜかとてもいい雰囲気に包まれていました。

そして、なぜか私に向かってこう言ったのです。

일본인 존경

日本人・尊敬..。

これが私がこのページで言いたい最大のこと、マスメディアからは決して見ることのできない裏側の韓国の事情です。


(ソウルを上空からみた写真。私の住んでいた地区は、この東西に流れる川の南側でした)

その小太りなおばちゃんは日本語は上手ではないのですが、カタコトで話せるレベルでした。

おそらく幼児期の教育で日本語を勉強したのではないでしょうか?私は何がなんだか分からなくなり、なぜ、尊敬?80歳のおじいちゃんに、問いただしました。

このおばあちゃんは今何ていいましたか?でも、そのおじいちゃんもあまりそれを説明したがらない感じでした…。私はその小太りなおばあちゃんが、日本人・尊敬と言ったときの申し訳なさそうな表情と、手を合わせていたような仕草を今でも覚えています。

何が尊敬?私はその1日ずっと考えていました。私には日本語が流暢な韓国人の親友がいますが、彼にこのことを伝えると、

ウソでしょ。みたいな感じで鼻で笑われました。彼も、日本人の統治時代についての良い面も悪い面も知っている人なのですが、私がいつも日本の自慢ばかりしているからでしょうか?・・

おそらく、そのおばあちゃんが貧乏生活を長くしていたこと。これは韓国という国への不満につながっていたのではないかと思います。また日本語が少し話せるということから、幼児期に両親から日本のことについて聞いたのかもしれない。

韓国に住む多くの老人は、日本のことをよく言うだけで、批判されてしまうので、口を塞いでいるのだと私は思っています。なぜなら、彼らはお金がない。なったことがない人はわからないかもしれませんが、人間誰でも、生活が脅かされることになれば、自分を守るために自分の意見と違ったことを言うことだってあるのですから。

その小太りのおばあちゃんは、きっと日本人の精神を尊敬していると言ったのだと思う。というのも、私が韓国語しか話せない韓国の田舎に住む韓国人の若者に、

日本は好きじゃないけど、人々の精神には感心するね。

と言われたことがあるからだ。

話は戻って、

コシウォンのキッチンで、おじいちゃん、おばあちゃんと、とても良い雰囲気で話していたとき、驚く出来事があった。

私たち3人が楽しそうに会話しているときに、私と同年代(25歳)くらいの韓国人のお兄さんがキッチンの冷蔵庫に何かを取りにきたのです。すると、今まで楽しそうだったおじいちゃんが突然、日本語をパっとやめてしまいました…。そしてその楽しそうな空気も一瞬にして、どこかに行ってしまったのです。私はギョッとしてしまいました。なんとなく、何故こうなったかっていうのは分かっているのですけどね。

この体験が私をより韓国好きにさせたことは間違いないです。そして、この話を韓国人の友達にすると、何ぼけてるの?みたいな感じで、逆に嫌われてしまいます。韓国にいる若者と老人の間にはこれだけのギャップがあり、私はますますこの国に興味を持ってしまいました。そして、より韓国の真実が知りたいと思うようになってきました。

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