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天皇陛下が着物をお召しにならない本当の理由




この記事は、事実に基づいたものではなく、私の推測であり、いわゆる都市伝説的な部分の内容も含んでいますので、悪しからず・・。

私は前から皇后陛下、美智子さまの着物姿の写真をインターネットの画像検索で見るのが趣味です。どの国の要人と会う時に、あの高価な着物をお召しになるのか?

そういうのを調べるのが私の趣味だったりします。


https://www.quora.com/Why-does-the-Emperor-of-Japan-appear-in-public-in-Western-outfits-instead-of-in-traditional-Japanese-costume

明仁さま。。素敵。まさにイケメンですね。もちろん、美智子さまも美女♥

なぜ、天皇陛下が外国の要人と面会されるときは、着物をお召しにならないのか。ここは私がとても注目するところです。

例を挙げると、韓国の大統領と会う際には美智子さまは着物をお召しになりませんし、オバマ大統領が初来日された際には、着物姿でお出迎えされていました。

これは、皇后美智子さまの気分なのか?それとも、その時々の外国からの要人に気を使いつつ、調和させられる服装をお選びになるのか?


http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-1841.html

さすがに、イギリスのエリザベス女王の即位60周年を祝うダイヤモンド・ジュビリーでは、美智子さまは日本を代表するかのように、この和服姿でエリザベス女王にお会いされました。

やはり、世界の王室と言えばヨーロッパや中東に集中していますから、その中でも "THE KIMONO" をお召しになる美智子さまは、たびたびヨーロッパ系のメディアに取り上げられます。というのも、世界に皇后 "EMPRESS" という肩書を持つ女性は一人だけですし、東洋の美、日本を代表する和服姿は、芸術好きの感性がある人であれば、誰もがみたいもの。


(エリザベス女王はいまだにこれら青い部分の国の君主です)

また、世界に一人だけの皇后 "EMPRESS" ですから、天皇陛下のみならず、美智子さまも
未だにイギリス連邦(英国、ニュージーランド、オーストラリア、カナダ)などの君主であり続けるエリザベス女王とも地位的に引けを取らず、世界から尊敬される存在として、とても評価されているようです。というのも、ヨーロッパでは日本の長い歴史のある皇族は尊敬の対象となっているようなので。

「世界中で愛されている日本の皇后 (Empress) 美智子さまの英語【海外の反応】」

ですが、私がふと思ったのは、なぜ明治維新が終わってから、つまり天皇家が京都から東京に移ってから、西洋人のようにスーツを着るようになったのだろう?

さて、話は戻して、

そもそも、いつから天皇は和服を着なくなった?


以下ヤフー知恵袋の内容に加え、様々な文献から考察していきたいと思います。

明治5年(1872年)、太政官布告339号によって宮中並びに公式の場においての男子の従来の制服、つまり直垂(ひたたれ)とか直衣(のうし)などが廃止されたようです。そのかわりに大礼服、通常の礼服、通常服などの洋服を公的な場で着用することが必要とされフロックコートや燕尾服などが用いられたようなのです。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787952/175
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1013008535

そんな明治天皇のご家族写真をみていると、西洋の一因になったかのようなスタイルでもある。また、前方に立っている小さい子供?達は、和服姿である。なんだろう、まるで明治時代になってから、日本が西洋化してしまったような写真ですね。また、なぜか和服を着るのは子供たちだけという点も謎な感じがする。

また、書店でいろいろな本を読み漁っていると、疑い深くなってしまった私・・。

明治天皇のすり替え説?
一部では、ネットを中心に明治天皇のすり替えがあったと、証言する人もいる。また、テレビでは、この明治天皇のすり替えを否定をしてはいますが、真相は誰にもわかりません。ある人の主張によると、天皇家が江戸城に移ってからは、それらは本当の天皇家ではないのだそう。(ここは私は何とも言えません。)なぜ、京都に天皇家が戻ってこないのか?を考えればわかるのだそうです。

また、なぜ山口県出身の大物が多いのか?と噂になっている。例えば、現在の政治家や大企業の社長の先祖など、驚くくらい山口県出身の人が多いという謎。

これは西洋における、富の多くを有する人たちがユダヤ人だという点とかなり似ている。

「大富豪上位8人(そのうち半数はユダヤ人)だけで、世界人口の半分以上の純資産を持つ現実」





日露戦争の資金は一体、どこからでたのか?

こういうことを考えると、私自身、なんだかちょっと考え込むようになってしまったのも事実です。こういうことを考えてもキリがないので、この辺で割愛・・。

以前、ビルダーバーグ会議の記事を書きましたが、それも日本ではほとんど知られていな会議であり、私のブログ記事が、ビルダーバーグといれるだけで、上位に上ってくるほど。日本では、いまだに知られていない多くの事実が、ある。というのが私の意見です。
「なぜ日本人は、ビルダーバーグ会議に招待されないのか?」

タブーとなっている日本の歴史


http://positivr.fr/dernier-samourai-japon-photos-1800/


明治。この当時、フランスやドイツから日本にたくさんの人が来ていますが、その時の写真がいくつか残っていて、フランス語やドイツ語でその類のキーワードを入れると、日本では見れないような写真がたくさんグ―グルでヒットしてしまう、このネット社会。。

このようにグーグル画像で検索しました。

"1800 japonais"

1800年の日本人ですね。

上の写真は入れ墨をした侍のようです。私はこの内容を詳しく読んでいないので、わかりませんが、こういうフランス語圏のサイトには意外と、日本人が報道したがらない、日本の過去の写真がたくさん掲載されています。

私はこのように外国語のサイトを閲覧するようになってから、この時代は犯罪などを犯した人がすぐに識別できるように、入れ墨を掘られていたなど。(もちろん私は当時の人間ではないので、真相はわかりませんけどね…)

でも、いずれにしても上のような写真をみると、ゾクっとするのも確か。

外国語の記事を読めば読むほど、分からなくなる
 
https://www.youtube.com/watch?v=Z50HyoblPuo

マルチリンガルである私だからこそ、なんだか今の日本も中国や韓国みたいに、何か隠しているのではないか?と言う風に疑ってしまうのです。

先日、天皇皇后両陛下が、約70年ほどタイの国王として在位してこられたラーマ9世(プミポン国王)へ弔問をされましたね。


この動画の 0:55 当たりを見ると、天皇皇后両陛下がラーマ9世のもとへ向かっていく映像がでてきます。美智子さまは喪服。天皇陛下はスーツ姿。

やはり、もう天皇陛下の着物姿は見ることができないのか?この映像を観ながらそう思ってしまいました。

アラブ国家のようにはならないのか?

この写真はインドのナレンドラ・モディ首相とサウジアラビアのサルマーン国王の対談写真です。このように、日本の天皇も、伝統の服を着ていたほうが絵になるのではないか?と思っている人も多いかもしれませんね。


たとえば、これからはアラブの要人がイスラム教の伝統のある服で日本にいらっしゃるとすれば、天皇陛下も着物をお召しになったほうが絵になる。


けれども、和服は確かに歩きにくいかもしれません。けれども、一度は皇后陛下美智子さまの着物と、天皇陛下の和服姿が見てみたいものです。

やはり、英語圏で検索すると、疑問に思っている人が多いらしくこのようなサイトも見つかりました。
https://www.quora.com/Why-does-the-Emperor-of-Japan-appear-in-public-in-Western-outfits-instead-of-in-traditional-Japanese-costume

今後も、調査を続けてまいります(笑)

こんな記事もオススメです。
「多言語話者、マルチリンガルになるための勉強法とは?」





天皇陛下が着物をお召しにならない本当の理由 天皇陛下が着物をお召しにならない本当の理由 Reviewed by よこいりょうこ on 3月 10, 2017 Rating: 5

4 件のコメント:

george UK さんのコメント...

明治政府に山口県の出身が多いのは、明治維新に理由があります。
江戸の幕末で外様だった長州が幕府が力を持ち外様が政治にかかわれんのはおかしいと言って積極的に『奇兵隊』を吉田松陰の弟子高杉が作り、大村益次郎が侍の戦い方でなく西洋式の歩兵術を採用したため幕府を倒すことにつながりました。
※(幕府は西洋式の歩兵を採用していましたが、長州に攻めた武士はまだ導入して居らず、天草一揆などでも分かりますが武士は実践がない時代では弱いのです。)

幕府が倒された後、積極的に戦った長州と薩摩が雄藩と呼ばれ政治的な力をつけていきます。
 ※(ここで言う雄藩は、関ケ原以降の徳川方の譜代大名と石田方の外様大名と同じ現象を起こしています。
慶喜が大政奉還を行い幕府の権限は棄てながら新たな政治家としてのスタートを切ろうとしたのに対し、新政府には加えてもらえなかったことにも傾向が出ています。)

日露戦争の資金は高橋是清という方がイギリスとの交渉の末に獲得したものです。 日露戦争を勝利に導いた裏方とも言える方ですが、後に軍事費の削減が原因で暗殺されます。 世に言う226事件です。

 ※(実は彼の死が第二次大戦の敗退の間接要因です。 第二次大戦の時点で日本はイギリスとの日英同盟の更新を行わなかった為に財力を確保できていません。陸奥宗光など名外交官もいない時代でした。 政府と外相が離れて外交を行っていたのも原因のようですが アメリカにABCD包囲網を加えられた時点でB、ブリティッシュが居ることからも判ります。 陸軍はてっきり日露戦争を自分たちの力だけで勝ったと思い陸軍不敗神話へと突き進むのですが、ガダルカナル島で油断して兵士を出し惜しみして戦闘した為に、アメリカに軍事拠点化を許すなど緊張感に欠ける戦いを行っていることからも判ります。
戦争自体はそもそも長期化するつもりがない日本と長期化(欧州を先に攻め、日本を後回しにする)アメリカとは戦い方が違うので、途中で有利な交渉で戦争を辞めれなかった日本は負けました。

脱線しましたが、歴史と文化は影響しあっているので考えたり取り入れながら読み書きすると自ずと自分独自の説ができたりしますので、話半分に信じてください。

匿名 さんのコメント...

嘘かホントかわからない話ですが、

以前、天皇陛下が歌舞伎を観にいらした時に、
座頭の歌舞伎役者が、着物で歌舞伎を観にくるお客さんの話題から
「陛下もどうぞお着物をお召しになって歌舞伎を観にお越しください」
と言ったところ
「私が和装する場合、一番の軽装でも狩衣となり、まわりに迷惑をかけるので」
と笑って仰ったとか。

この話、好きです。

匿名 さんのコメント...

うろ覚えですが、講談社学術文庫の「ドイツ貴族の明治宮廷記」に色々書かれていたと思います。

外国人である著者は、日本の礼服を和装にすべきと主張しますが、確か伊藤博文が強硬に洋装化を主張したという内容でした。理由ははっきりと覚えていません。

匿名 さんのコメント...

本当の理由も何も、そもそも皇室のお召し物は有職の装束か洋装です。本来和服は武家商家の装いです。美智子皇后が皇太子妃時代に「和服は皇族に相応しくない」と問題になりました。美智子皇后は皇室に伝えるべき伝統をしばしばないがしろになさいますので、残念ながら一部保守層には非常に嫌われています。

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